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舞踏新人シリーズ第35弾(第三夜・第四夜)を観て

生活と結びついていない身体表現など何の価値もないと思う。舞踊とは生きることそのものであり、自己の生死を切って捨てるほどの強度がそこになければならない。つまり、舞台表現とは、己の実人生を額縁=劇場に投影させることであると思う。それほどの生き死にが舞台表現の中に凝縮している。そのような潔さがない限り、身体表現とは言えない。生きることに存立していない身体など何の魅力もないからだ。それが血が通っているということでもある。だから私は純粋芸術だの唯美主義だのは認めない。美とは自己存在の結晶化のことである。

私は最近、身体表現の健やかさだけを観る。健やかさがあれば、身体表現は永続していく。また、そのような強度がなければ一回性で終わってしまう。永続性とは実人生の希求でもあるだろう。この一度切りの人生を、どれだけの健やかさにおいて生き切るかということに人生の発露がある。それだけのエネルギーがあれば本望ではないか。

私は、舞踏を身体の回路として見る。人それぞれに身体の回路があるのである。私は身体表現をジャンル化することにそれほどの意味を認めない。だがしかし、舞踏が他の身体表現と違うところは、身体を内観することである。それは自省ということにも通じる。身体の奥底に通じていない舞踏など舞踏とは言えない。それは、身体の静けさへと至る秘儀なのである。この生命存在の神秘へと至る魂の冒険なのである。

身体とはブツに過ぎない。それは器なのである。身体を動かしているエネルギーこそが踊りの本質であり、形は身体のクセにしか過ぎないとさえ考える。あるいは技巧の結果としての形がそこにあるだろう。野口整体で言うところの体壁であるとか、気性であるとか、性格であるとか、歪みであることが形を作るのである。身体の歪みこそがその人の回路であって、私が健やかさと言っているのは、エネルギーの誠実な水路のことでもある。真摯さがなければ舞台表現は成立し得ない。感動とは真裸の存在が見えたということである。お前自身になるということは、身体をブツとして最大限に活かしたということでもある。誰でも赤ん坊が光り輝いているのを感じる。そこに技能はないが、真裸の真実がある。技能とは何かと言えば、自己存在を貫く時間を空間化することである。そこに花としての時間がひらくのである。

さて、テルプシコールの舞踏新人シリーズに触れよう。

13日(土) 染川美帆『初恋~最終章ちっく~』
染川の身体はエロティックである。そこに彼女の持ち味がある。それは充分に誇っていい。それは彼女の回路であるからだ。しかし彼女はそのことに対するコンプレックスを持っているようだ。彼女はけっして技巧的に自己のエロティシズムを見せたわけではない。むしろそこには天然のエロさがあった。私が誇るべきと言いたいのは、この彼女の天然性である。私がもっとも印象的だったのは、黒いパンティを腿までずり下げて暗転した瞬間である。ここに最大の謎があった。私は彼女が欲望に通底したいというふしだらさがあると感じた。私は素直に聞いた。あれは何だったの? すると彼女はこう答えた。あれはね、子供の頃、パンティをずり下げて男の子の気を引こうとしたことがあったの。それをやっちゃった。どうしようかと迷ったんだけど、えいってやっちゃた。それだけのことです。ここに彼女の素直さがある。それは私にとって買いであった。染川美帆の魅力はこの天然のエロさである。エロという言葉が嫌いならば、生々しさの魅力と言ってもいい。私が印象に残ったのは、最初に激しくぶっ倒れて、ジタバタと身体を床に擦りつけ、身悶えした長い時間。それと、両手を上下にギッコンバッタンと動かして横歩きをした場面(ここにはひとつのファンタジーがあった)。それから壁際で右足を上げ、壁をこするように股間を開いた場面である。私はここにもっともエロティックな瞬間を観た。パンティをずり下げたところはまったくエロティシズムを感じなかった。それはむしろコケットリーな仕草である。最終場はまったく認めない。暗黒のエロティシズムを演出したかったようであるが、エロティックではなかったし(胸元は汗で輝いていたが)、どこに行きたいのか、まるでわからなかった。ここは不満が残った。黒衣の聖母なり、彷徨える娼婦なり、はっきりしたイメージが必要だったのではないか。ラテン系の志向性とシャンソン系の志向性は彼女の中の欲望とロマンティシズムの同居であるようにも感じた。『初恋~最終章ちっく~』は、父性愛との訣別を意味したようだ。だがしかし「ちっく」とことわりを入れているところが彼女のひとつの仕草なのであろう。

※断っておくが、これは「舞台評」ではない。感想をメモとして書いている(以下も同様)

=「エロ子供賞」受賞

14日(日) 根耒裕子『うつし身』
根耒さんは恥ずかしながら初見である。古川あんずさんのところにいらっしゃった方だからそのキャリアは長い。18年ほど踊られているようだ。しかし今回初めて完全なソロ公演をやられたという。彼女は達者なのである。実人生の細やかな水路を丁寧に身体化している。そのような誠実さが彼女の佇まいの中に見える。舞踏のテクニックは持っているけれど、大方の意見の通り、顔が邪魔をしている。歓びや哀しみは身体をして語らせよ。それが無言劇としての舞踏の表現である。彼女の顔は、語りえない言葉や内奥の感情を演劇的な仮面としてかぶっているに過ぎない。それは彼女の想像力の奥行きの中で行われていることだから、身体から生まれてくる顔の表情にはついぞ出会えなかった。唯一、最後の暗転の数十秒、ここに彼女の安らぎの顔があり、素の表情が一瞬だけ覗いた。私はここで不覚にも涙したが、彼女の感情に嘘偽りがないことを感じていただけに、あの作られた仮面はいただけない。そのことを彼女はとことん知ったはずだ。踊りとは、ただ内奥のエネルギーに身を委ねればいいだけのことなのである。そこに技能を積んでいけば柔らかな表情が出てくる。虚実皮膜のあわいを踊ることこそが舞踏の醍醐味であり、軽さと重さ、この両方を使い切れないと、舞台に陰影は現れてこない。私は彼女と亀裂の話をした。女性的な感性は持っているのだが、開いている水路が狭すぎるので、カタルシスがないのである。小さな水路から奔流となって迸るものがなければ感動には至らない。自分を投げ出す瞬間がなければ、舞踏の亀裂は生まれ得ない。そのような身体の出し入れができるようでなければ、ブツとしての身体を扱い得ない。舞踏における第三の眼とは、宙空にもうひとつの眼を置き、器としての身体を充たしていくことの技術である。身体に見えない水を入れていき、一瞬に溢れさせる技術(エロティシズム)がなければ観客は堪能しないのである。

=「怨念踊り賞」受賞


一気に書いたので、言葉が厳密でないところがあるかも知れない。許されたし。
(これは批評ではない!)
http://nancle.exblog.jp/

なお、「舞踏新人シリーズ」の第一夜、譱戝(ぜんざい)大輔『メタンボカン』、第二夜、牧野弘『フォルム』は見逃しています。 これまたご寛恕。
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by planet-knsd | 2007-10-15 06:44 | その他

ゼロ次元『タントラ儀式物語』『ゼロ次元儀式映画』を観て

ゼロ次元復活の噂はさまざまなところで聞いていた。加藤好弘をオルガナイザーとする前衛芸術集団ゼロ次元は、戦後身体表現史において無視しえない存在だ。私は60年代のゼロ次元を同時代的に知らない。金井勝監督『無人列島』(1969年)や松本俊夫監督『薔薇の葬列』(1969年、ピーター主演)でその存在を映像として観ているが、それは後年のことであり、ゼロ次元を生で体感しているわけではない。だから私にとってはゼロ次元は謎の集団であり、その存在を的確に評することはできない。

10月11日、友人から情報を得て、アップリンクでゼロ次元の映画『タントラ儀式物語』(2007年)、『ゼロ次元儀式映画』(1972年)を観、加藤好弘さんの話を聞くことができた。まずゼロ次元とは何かといえば、「人間の行為を無為(ゼロ)に導く」ことを標榜し、「儀式」と称する全裸パフォーマンスを各地で繰り広げたことで知られる。1970年の大阪万博の際には「万博破壊共闘派」を結成し、高度消費社会(人類の進歩と調和)に絡めとられていく芸術に対し、「反万博」の旗を鮮明に掲げた。加藤は、「近代に対する革命」、あるいは西洋人化する日本人への抵抗として、全裸となることで地下活動を行い、事実として主要メンバーが当時「猥褻物公然陳列罪」で逮捕されている。加藤は「文化テロリスト」と自らを呼び、今も「裸になって近代と戦え!」とアジテーションを続けている(現在、71歳)。

映画は、『タントラ儀式物語』、『ゼロ次元儀式映画』の順番で上映されたが、60年代~70年代のゼロ次元の活動を記録した後者の方から先に触れよう。この映画は、「仮面首吊り儀式」「超音波作戦」「防毒面全裸歩行儀式」「反万博狂気見本市」「いなばの白うさぎ」など、ゼロ次元のハプニングの映像を二面マルチ画像で見せ、これが永遠と続いていく(秋山祐徳太子、金坂健二らが出演)。裸体の男女が数珠つなぎとなり、片足を交互に上げながら進行していくアクションが印象深いが、私はこれを裸祭りのように見た。あるいは、裸形のジグザグデモのようにも見た。全裸という表現が今よりも衝撃的な効果をもっていたことは注意すべきである。ゼロ次元はこれを60年代末の政治闘争の渦中に、いわば裸の爆弾として都市の只中に炸裂させたのだ。

ゼロ次元は、60年代末のベトナム反戦を軸とする世界的な反帝国主義・反植民地主義闘争のなかに生まれた芸術運動といえる。それは「反近代」の裸体主義であり、加藤に内在するヒッピーイズムやドラッグカルチャー、インド・タントラ密教への接近から導き出された「反西洋」の《アジアンタリズム》がある。

加藤は、平沢剛(映画批評家)との対談でこのように発言している。
「オリエンタリズムとは西洋から見た物珍しさを指すわけですが、僕が《アジアンタリズム》と言うときには、ベトコンのイメージがあります。彼らのように次々と近代を崩すようなアーティストの出現をめざしているし、穴掘ったりしてアングラとも繋がりますから(笑)」(「裸になって近代と戦え!」)

加藤ははっきりと地上権力に対する地下活動として「アングラ」を語っており、それはゼロ次元の復活が、反グローバリズムに対する身体の抵抗であることを示唆してもいる。「反近代」の裸体主義とは、資本の論理に肉体(個人)を従属させていく高度資本主義社会に対する肉体の叛乱として裸体を武器とすることであろうが、裸になればいいという単純なものではなく、加藤のなかでは原始的な肉体讃歌の思想があるように思う。呪術的な色彩を帯びた「儀式」としてゼロ次元のパフォーマンスはあり、そこには加藤のインド体験や幻覚体験によって培われたタントラ密教への共感があるようだ。それが色濃く出ているのが『タントラ儀式物語』という映画である。

80年代に行われたというこのライブ・パフォーマンスの映像は、ロックバンドの演奏をバックに、半裸の男女が股間を摺り合わせたりする、集団的で性的な秘儀が繰り広げられる怪しげなものだが、カオティックな身体接触が執拗に描かれながらそこにチベット密教の性的な合一の絵がモンタージュのように重なっていく。加藤は「女性器崇拝」を公然と言い、タントラ密教と農耕シャーマニズムを結びつけようとしているようだ。

「タントラとは、人間と自然との『女性器の構造』の秘密を開く呪術であった。逆三角形、マンダラに描かれた七ツの蓮華、チャクラの花弁……などはことごとく女性器の象徴図形である。農耕シャーマニズム(呪術)とは、女と同一視された、「大地自然の原理」を、人間の身体のなかに覚醒させるための、女に溶解する、女になるための死にもの狂いの行為であった。だから、己を無にして、自己を空にせよ、といいつづけて、身体を「水田」に死にもの狂いで溶解していった「百姓のシャーマニズム」の思想はタントラを故郷としていたのである。」(加藤好弘「心的子宮・タントラ論」)

このように加藤は、日本人の身体の故郷をアジア的多神教の文化に求め、身体の覚醒装置として、裸形のアクションをオーガナイズしようとする。ゼロ次元のパフォーマンスは、日本古来の裸祭りに通じているようにも思え、またインドの多神教世界に想を得た呪術的で性的な儀式をパフォーマンス化している。

会場では上映後、復活したゼロ次元のパフォーマーが登場し、男は半裸で床に並び、その上を防毒マスクを付けた水着姿の女が「いなばの白うさぎ」のように歩くというパフォーマンスが行われた。

私はこれをもってゼロ次元を体感したとは思えない。映像のなかの、砂浜で裸の男女が戯れるシーンや、風景を切り裂くように裸の男女が旗を持って進むシーンには官能を覚えたが、パフォーマンスの現場としてさかしまの風景となった裸体の強度を見たわけではない。ゼロ次元には関心を寄せつつ、21世紀の身体の冒険がどのように可能か、考えていきたい。

なお、ゼロ次元の『タントラ儀式物語』『ゼロ次元儀式映画』の上映は、アップリンクの「性と文化の革命展」(10月6日~21日)の一環として行われた。
http://www.sig-inc.co.jp/rsrff/


加藤好弘氏略歴
1936.12.5  名古屋市生まれ
1959     多摩美術大学美術学部絵画科卒業
1963.1    ゼロ次元 (以下省略)「狂気ナンセンス展」はいつくばり儀式(愛知県文化会館美術館)
1963.3    「乳頭布団寝体式」読売アンデパンダン
1964.7   「これがゼロ次元だ」(内科画廊)
1964.9   「日本超芸術見本市」(平和公園)九州派、ダダカン、アンドロメダ他参加
1965.8   「見世物小屋ベトコン儀式」アンデパンダン・アート・フェスティバル(岐阜・長良川一帯他)
1965.10   「山手線女体包装運送式」
1966.3   「尻蔵並列式」(モダンアートセンター・池袋)
1967.3   「仮面首吊り儀式」(都内車両、目黒-新橋)
1967.5   「奇脳舌(きのした)サーカス見世物小屋大会」(代々木メーデー広場)
1967.8   「超音波作戦」(渋谷超音波温泉)
1967.10   「花電車防毒作戦」(浅草キャバレー花電車)
1967.12   「防毒面全裸歩行儀式」(新宿東口)
1968.3   「狂気見本市」(上野・本牧亭)
1968.7    映画「にっぽん’69 セックス猟奇地帯」出演 監督:中島貞夫
1968.8    映画「シベール」出演  監督:ドナルド・リチー
1969.2    映画「無人列島」出演  監督:金井 勝
1969.3    映画「薔薇の葬列」出演  監督:松本俊夫
1969.3   「万博破壊 狂気見本市」(京都・男爵)
1969.4    万博破壊共闘派の活動に入る。
1970-1972  映画「いなばの白うさぎ」加藤氏自ら監督となる。         

その後インド、ネパールへ活動の場を移す。

1977    「夢タントラ研究所」設立
        夢四門構図の発見
1980.2    「タントラ構造論ー身体の宇宙図」を美術手帖に掲載
1980.11   「夢の神秘とタントラの謎」日本文芸社

1990.10   ニューヨークへ移住    
         襖絵による夢物語「ペニスをつけた女達」シリーズに着手。
        その後8年間取り掛かる。

1998.10   日本に帰国        
        「ブルックリン夢解読日記」執筆中
2001.6     個展「立体夢タントラ装置マンダラ(襖絵マンダラ)」展(ミヅマアートギャラリー)
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by planet-knsd | 2007-10-15 00:08 | ゼロ次元

パレスチナ・キャラバンパレスチナ・キャラバン公演『アザリアのピノッキオ』を観て

パレスチナ・キャラバン公式サイト
http://palestinecaravan.org/

パレスチナ・キャラバン公演
『アザリアのピノッキオ 7つの断章による狂騒曲』
http://palestinecaravan.org/

2007年9月27日~10月21日 全日程・毎夕19:00~(雨天決行)
◆東京公演 井の頭公園・特設テント劇場(井の頭公園野外演劇フェスタ2007)
9月27日(木)~30日(日)、10月4日(木)~7日(日)
◆名古屋公演 白川公園・特設テント劇場
10月12日(金)~14日(日)
◆京都公演 京大西部講堂前広場・特設テント劇場
10月19日(金)~21日(日)

(以下の文章はネタバレの部分がありますので、これからご覧になる方は、観劇後、ご拝読ください。)

10月7日、井の頭公演・特設テント劇場にて『アザリアのピノッキオ』を観る。

「パレスチナ・キャラバン」、劇作家・演出家の翠羅臼(元・曲馬館)の提案で始まったと聞く。今年は「第二次インティファーダ7周年」にあたり、そのような契機もあったのかもしれない。『アゼリアのピノッキオ』は、パレスチナ演劇人との共同作品として企画され、主演の大久保鷹は「状況劇場」以来のパレスチナ演劇人との共演となった。制作は長井公彦が担当した。

舞台は、大久保が演ずる「義足の団長」が飲んだくれているところから始まる。そこに現れるのは、「傀儡女・サラ」を演じる黒谷都である。「傀儡女」は義足の団長はボトルの中に船を浮かべ、幻想の旅立ちを夢想する。傀儡女・サラは、団長が行方不明となった後を追いかけ、ようやく団長を発見した。サラは、団長に真実の旅をすることを呼びかけ、一座はふたたび旅をする。脇を固めるのは「猫の道化」西村仁と「狐の道化」伊牟田耕児である。それに、「ランプの芯」と名づけられたロバがお供をする。

舞台は展開し、「砂漠の吟遊詩人」ニダール・カディフと「少年」アズッディーン・アフマドの場面となる。階段に座った二人は、ピノッキオの物語を始め、その隣で、ナビール・ラーイーがウードを爪弾く。この場面は美しく、記憶に残った。そこに「義足の団長」一行が通りかかり、日本人とパレスチナ人の出会いがある。遠くから「人形遣いアサーフ」ニダール・ムハルフェスが硝煙の臭いをさせて帰ってくる。ここから物語は徐々に多層的な構造を取り始める。そもそも「義足の団長」一座は、ピノッキオの絵本から飛び出て、行方不明となったピノッキオを探す旅に出ている。絵本の途中が破られ、物語が断絶しているからだ。いつしか少年はピノッキオと二重写しとなり、一座に同行する。切り取られた物語はどこへ行くのか。

頭上では爆撃音が引きもきらない。吟遊詩人ニダール・カディフの言葉を聞いていると、この場所が何処であるのか、薄命へと風景が溶け出すようだ。此処はパレスチナなのか、それとも百年後のパレスチナなのか、あるいは神話的世界なのか。背後には黒焦げになったオリーブの木が立っている。影は張り付いて、一座に暗い影を落としていく。影の役割を「砂の舞踏手」小倉良博と「樹の舞踏手」安田理英が果たす。影は時間を紡ぎだし、時間を永遠へと引っ張っていくようだ。

二人の道化が眠っていると、「流浪の歌姫・ナナ」が道化たちの耳を引っ張って起こす。道化たちはお互いが耳を引っ張っていると勘違いし、トイレのスリッパでお互いを叩き始める。しかしナナが「宿命の歌」を歌うと、舞台はいっそうの影を増す。水晶占い師であるナナはそれぞれの夢に入っていき、行動までもコントロールする。ナナにそそのかされた二人の道化は少年のために大きな絵本の扉を用意し、そこに入ることを強要する。遠くで傀儡女・サラが入ってはいけないと呼びかけるが、少年はついに死の扉を開けてしまう。舞台は一瞬、凍りついたように、死神が降りてくる。最暗黒の風景が広がっていく。

少年は死んだ。人形遣いアサーフは少年の亡骸を抱いて、少年がタンクに轢かれたことを説明する。神話的世界にリアリティの影が重なっていく。パレスチナにおいて、少年はいつ死んでもおかしくない存在だからだ。私はこの瞬間、涙を禁じえなかった。まさか少年が死ぬとは思っていなかったので、翠の戯曲はここまでの絶望を見せるのかと瞠目した。演劇は静かに地の底を這っていく。ダンテの神曲のように。

芝居は大団円へと進んでいき、ふたたび冒頭の場面へと戻る。義足の団長は酒を呷り、そのそばには傀儡女・サラがいる。サラの手元には黒焦げになったピノッキオの人形が抱かれている。人形は死に、人々は生き残った。すべての旅は蜃気楼だったのか。二人は抱き合うようにダンスを踊り、七つの狂詩曲はフィナーレを迎える。最後に出演者全員が足踏みをし、躍りながら舞台に勢ぞろいする。会場は割れんばかりの拍手の嵐となり、この祝祭空間を共有する。舞台は静かに二つに割れ、正面に井の頭公園の森が広がっていく。ふたたびの旅がそこから始まる。大八車が押され、その脇にはロバもいる。東京公演はフィナーレを迎え、一座は名古屋、京都へ旅立って行った。


追記
このようなパレスチナ演劇人との交流が成り立ったことは意義深いことだと思います。翠さんの戯曲は、<転生>がテーマでしたが、ある種の地獄めぐりのようなところもあります。そのような奥行きの中で、パレスチナへの思いがほとばしった作品だったと思います。

救いは黒谷都さんでした。人形との親和力はさすがと思いましたし、初めて出したという声の質の的確さには驚かされました。それは彼女の感情の希求の確かさだったと思います。偽りのない感情がそこにありました。大久保鷹さんの膨らみのある大きな演技も堪能いたしました。何より少年役が良かったです。彼の明るさもまた救いであったように思います。

皆様の思いの強さに心から敬意を表したいと思います。
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by planet-knsd | 2007-10-14 23:59 | パレスチナ・キャラバン