告知

『秋のタタラ祭り2007 舞姿六人衆』については、近くあらためて「テルプシコール通信」で執筆します。むろん、先の日記を全面改訂し、仕上げます。お楽しみに。
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# by planet-knsd | 2007-11-23 15:23 | その他

舞踏六人衆 第二夜

自分は舞踏を分析的に観てきたわけではない。かなり好みというものが偏っていて、ニュートラルな批評ができるかどうか、疑わしい。そもそも、舞踊に批評が可能なのか、これは真剣に考えたほうがいい。舞踊批評家を名乗るためには、最低限、身体技法について精通していなければならない。身体を動かさない批評家などナンセンスの極みだ。骨と筋肉の関係、身体構造への科学的知見などを含め、批評家であれば、身体への構造的な関心が必要だろう。それは自分自身の身体を使って知ることなしに、舞踊を知ることはできないだろう。ましてや身体技法を知らなければ、舞踊を批評することは不可能だろう。ダンサーがいまどのように身体を動かしているかを、分析的に観察する能力がなければ、批評家を名乗ることはできないだろう。

私はそのような意味で、観察者の眼としてこのブログを書いているけれど、舞踊批評をしているつもりはない。私はそれほど、身体技法に関して、分析的な眼をもっているわけではない。おそらく、自分自身の身体を知ることなしに、身体技法の何たるかを知ることはできないだろう。そのことはわかっており、そのことを課題として、そのうえで私は、身体表現の観察者、探求者、愛好者でありたい。私は一人のアマチュアとして、身体表現の同伴者でありたい。それだけを願って私は舞踏を観続ける。なぜだろう、何のために、それを私は言葉にしえない。ただ好き、としかいいようがない。

さて、11月17日、「舞踏六人衆 第二夜」、テルプシコール。
木村由「岸へ向かう」
藤井マリ「空地Ⅵ H-akuchumu」

なんといっても、藤井マリの音響・戸田象太郎の音世界を愉しんだ。トダゾー最高! 「雪が降る~」と調光室から歌って、ピンポン玉をアメアラレと降らせた戸田のアクションは、コラボレーションに相応しく、空間を開いてこねて、流し込む、音響家の手さばきが見えて、あらためてこの人の才能を堪能した。藤井マリのダンスは、空間に分け入っていくように両手を広げ、臆病そうに表面を撫で、その裏側に入っていきたいという衝動を抱えながら、立ち尽くし、足踏みをし、揺らめいていた。絶品だったのはあのヘナチョコの倒立で、ヒョヒョッと手を着いたかと思うと、グーンッと足を伸ばし壁際に逆立ちしてしまったところだ。キモチいい~感じが伝わってきて、あそこは好きだった。アメアラレのピンポン玉とどうカラムかと思われたが、戸田の流し込んだ大音響に身体をノセ、夢遊病者のサーフィンのように背中を見せたところは、メッチャクチャカッコ良かったが、その後に何か、なかったか。壁の中央に、戸田の美術としてピカチューだのゲーセンの玩具の類がビニール袋に入れられブラ下がっていたのだが、あれをビリビリと剥がしてほしいと思ったが、そのあたりは擦過するのみで、踊りはフワッと終わったという印象。音の配色はすばらしかったが、ここで何が立ち上がっていたのか。全速力で後退していく藤井の身体のせめぎあいこそが見所であったかもしれない。

木村の舞踏は、申し分のない丁寧さで、それ以上書くことはない。音楽の太田久進も良かったと思う。ただ、女、ちゃぶ台、海という設定が、あまりにも当たり前すぎて、作品としてのつまらなさが残った。暗転の後、壁際に立って、もう一度光の中で引き攣れたものが観たかった。彼女はまだ何も脱いでいない。

隣にChe-SHIZUの向井千恵さんが座られ、数年ぶりにご挨拶。今度どこかで聴きに行こう。
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# by planet-knsd | 2007-11-18 14:54 | その他

舞踏六人衆 第一夜

人は何のために躍るのだろう。それは、身体という記憶の回廊を皮膚膜を通して外在化することにあると思う。私は、人間とは自然という機能を内在化させた有機的な機械だと考える。その内なる自然は、皮膚膜を通して外在化される瞬間、身体は開かれていくのだ。これを、私たちは心地よさという。すなわち、躍ることは、身体の内に風を通すことだ。そこにメディア(触媒)としての身体が立ち上がり、風景が顕在化する。身体の内が外へと通底し、身体は開け放なたれた窓となる。フリーダ・カーロの絵のように。苦悩と歓びが、一本の弓矢となって穿たれ、身体はその瞬間に消滅するのだ。舞踏(ダンス)とは現れては消える風景に過ぎない。(本日の考察)

追記
この(本日の考察)は、改めて読むと、観る側の欲望なのかもしれない。私は舞踏に、ただ官能性のみを観たいわけではない。むしろ、その歪みや、屈折をこそいとおしむ。そのことを前提として、身体を穿たれた窓として開けることは、舞踏身体の冒険であるように思う。


2007年11月16日
「秋のタタラ祭り2007 舞姿六人衆」第一夜、テルプシコール
田山明子「羽化・石化Ⅴ~Twinkle twinkle little star」
小野由紀子「ゆふつづ~すぐそこに~」

後に踊った小野由紀子から書こう。あらためて批評として書くが、小野の身体は昭和の風景こそが似つかわしい。その佇まいには生活の匂いがし、戦後の女たちのふてぶてしさや力強さを内面に溜めて、持続する力として小野の身体は立ち上がってくる。小野の体内にどのような記憶の風景が織り込まれているかは知らない。しかし、小野はまぎれもなく視る人である。その観察眼において、小野は注意深く風景を内在化させる身体の眼をもっている。ここが小野の秘めた能力ではないか。下半身の強さは、毎月、大倉山で踊り続けている鍛錬によるものであろう。屋外で踊るということは、身体を窓として内と外を交流させることにある。雨に濡れた体や枯れ葉に包まれた体が、皮膚感覚として風景を内在化させる。身体という眼が、それを幾層もの記憶の回廊として編み込んでいくのだ。その成果はまぎれもなくあった。
左手で何かをまさぐるように立った場面、雨に濡れた土を撫でるように前進していった場面、のど自慢の音を背後に背負いながら静かに立っていった背中の風景、そこにビョークを重ねながら深く深く沈んでいった大団円。演出上の問題としては、のど自慢の後に、別の位相に転化する最後のダイヴを試みるべきだったかもしれない。そこは問題点として残しながらも、小野の持続力は充分賞讃に値する新たな境地を拓いたのではないか。ラジオのチューニング音は、皮膚感覚の回路を思わせて、成功していたと思う。音響は大野英寿。今年、もっとも納得のできた舞踏公演であった。

一方、田山明子の身体は、いささか空間が狭いのではないか。自己確認をしながら空間に線を描いていたが、空間の質そのものはそれほど変わらない。広がりもしなければ、狭まりもしない。その単調さに、私は耐えていた。音を放射したKo・Do・Na(オルガン、トランペット)も、田山の身体の内側に入り込むことや、そこから還ってくる質感を確かめていたようには思えなかった。Ko・Do・Naはどれだけ注意深く田山の身体を視ていただろうか。Ko・Do・Naのトランペットは、空間に放射した音がどこを巡っているかを確かめないで吹いている。だから音が孤絶しているのだ。コラボレーションでありながら、二人の表現者は自己を外在化させるのにせいいっぱいで、一瞬でも溶け合う場面はなかった。ここが最大の不満である。バレエシューズを手に持って、Twinkle twinkle little starで消えていく最終場は美しかったという声も聞いたが、残念ながら客席の上手側にいた私はそれが見えなかった。ただ終わってT氏(舞踏批評家)と話したら、自分は小野さんよりも田山さんの方が良かったといっていたので、人によって感受性はずいぶんと違うものだなあと思った。

第二夜は木村由、藤井マリ(19:00~)。
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# by planet-knsd | 2007-11-17 04:03 | その他

『Corpus』3号「身体表現の政治学」発売中

編集委員を務めている『Corpus』3号「身体表現の政治学」が発売となりましたので、お知らせいたします。私は今回、短評1本しか書いていません。

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『Corpus』3号
特集  身体表現の政治学
http://d.hatena.ne.jp/CORPUS/20071023


9.11を受け止めるということ:    羊屋白玉インタビュー

社会と世界と繋がりをもつために:  矢内原美邦インタビュー

反暴力のメッセージ:        砂山典子インタビュー



『核』からの視点:舞台に立つ根拠としての核 真壁茂夫  

戦後と女性と舞踊              堀切叙子



怠惰な観客にならないために:ダンスにおける多様な政治性  西田留美可

舞踏の中に潜む政治性:身体学的に考えてみる  竹重伸一

前衛から前衛へ:邦千谷の舞踊世界  志賀信夫

全体主義と植民地主義に抗して:『わたしは血』と『イザベラの部屋』の政治的対決  坂口勝彦



【写真構成】
サシャ・ヴァルツ&ゲスツ『ケルパー』  塚田洋一



【短評】
「サシャ・ヴァルツ」(大山景子)、「ヤン・ファーブル」(志賀信夫)、「笠井叡」(亀田恵子)、「上杉満代」(竹重伸一)、「花嵐+相良ゆみ」(藤原央登)、「吉村会」(村岡秀弥)、「ダンスラウンドテーブル」(宮田徹也)、「劇団千年王國」(亀田恵子)、「ゼロ次元以後のアクションアート」(志賀信夫)、「玉内集子」(宮田徹也)、「武内靖彦」(竹重伸一)、「足立正生」(亀田恵子)、「びわ湖ホール夏のフェスティバル」(中西理)、「ボヴェ太郎」(門行人)、「関美奈子×長岡ゆり×佐々木征」(國貞陽一)、「ナチョ・ドゥアト」(志賀信夫)、「NBAバレエ団」(吉田悠樹彦)、「朝吹眞秀」(宮田徹也)、「未國」(吉田悠樹彦)、「白井剛とAbsT」(志賀信夫)、「じゅんじゅん」(吉田悠樹彦)、「田辺知美」(宮田徹也)



表紙:羊屋白玉  裏表紙:砂山典子
体裁 A5判、108頁、表紙1色、本文1色、1-3段組



編集委員(五十音順)
國貞陽一、坂口勝彦、志賀信夫、竹重伸一、塚田洋一、西田留美可、宮田徹也、吉田悠樹彦



★購入は
アトリエサードの通販サイト 価格:税込525円、送料200円
http://www.a-third.com/shop 
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あるいは、アマゾン、紀伊国屋、ジュンク堂、青山ブックセンター、等大手書店で。
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# by planet-knsd | 2007-11-05 07:21 | Corpus

舞踏新人シリーズ第35弾(第三夜・第四夜)を観て

生活と結びついていない身体表現など何の価値もないと思う。舞踊とは生きることそのものであり、自己の生死を切って捨てるほどの強度がそこになければならない。つまり、舞台表現とは、己の実人生を額縁=劇場に投影させることであると思う。それほどの生き死にが舞台表現の中に凝縮している。そのような潔さがない限り、身体表現とは言えない。生きることに存立していない身体など何の魅力もないからだ。それが血が通っているということでもある。だから私は純粋芸術だの唯美主義だのは認めない。美とは自己存在の結晶化のことである。

私は最近、身体表現の健やかさだけを観る。健やかさがあれば、身体表現は永続していく。また、そのような強度がなければ一回性で終わってしまう。永続性とは実人生の希求でもあるだろう。この一度切りの人生を、どれだけの健やかさにおいて生き切るかということに人生の発露がある。それだけのエネルギーがあれば本望ではないか。

私は、舞踏を身体の回路として見る。人それぞれに身体の回路があるのである。私は身体表現をジャンル化することにそれほどの意味を認めない。だがしかし、舞踏が他の身体表現と違うところは、身体を内観することである。それは自省ということにも通じる。身体の奥底に通じていない舞踏など舞踏とは言えない。それは、身体の静けさへと至る秘儀なのである。この生命存在の神秘へと至る魂の冒険なのである。

身体とはブツに過ぎない。それは器なのである。身体を動かしているエネルギーこそが踊りの本質であり、形は身体のクセにしか過ぎないとさえ考える。あるいは技巧の結果としての形がそこにあるだろう。野口整体で言うところの体壁であるとか、気性であるとか、性格であるとか、歪みであることが形を作るのである。身体の歪みこそがその人の回路であって、私が健やかさと言っているのは、エネルギーの誠実な水路のことでもある。真摯さがなければ舞台表現は成立し得ない。感動とは真裸の存在が見えたということである。お前自身になるということは、身体をブツとして最大限に活かしたということでもある。誰でも赤ん坊が光り輝いているのを感じる。そこに技能はないが、真裸の真実がある。技能とは何かと言えば、自己存在を貫く時間を空間化することである。そこに花としての時間がひらくのである。

さて、テルプシコールの舞踏新人シリーズに触れよう。

13日(土) 染川美帆『初恋~最終章ちっく~』
染川の身体はエロティックである。そこに彼女の持ち味がある。それは充分に誇っていい。それは彼女の回路であるからだ。しかし彼女はそのことに対するコンプレックスを持っているようだ。彼女はけっして技巧的に自己のエロティシズムを見せたわけではない。むしろそこには天然のエロさがあった。私が誇るべきと言いたいのは、この彼女の天然性である。私がもっとも印象的だったのは、黒いパンティを腿までずり下げて暗転した瞬間である。ここに最大の謎があった。私は彼女が欲望に通底したいというふしだらさがあると感じた。私は素直に聞いた。あれは何だったの? すると彼女はこう答えた。あれはね、子供の頃、パンティをずり下げて男の子の気を引こうとしたことがあったの。それをやっちゃった。どうしようかと迷ったんだけど、えいってやっちゃた。それだけのことです。ここに彼女の素直さがある。それは私にとって買いであった。染川美帆の魅力はこの天然のエロさである。エロという言葉が嫌いならば、生々しさの魅力と言ってもいい。私が印象に残ったのは、最初に激しくぶっ倒れて、ジタバタと身体を床に擦りつけ、身悶えした長い時間。それと、両手を上下にギッコンバッタンと動かして横歩きをした場面(ここにはひとつのファンタジーがあった)。それから壁際で右足を上げ、壁をこするように股間を開いた場面である。私はここにもっともエロティックな瞬間を観た。パンティをずり下げたところはまったくエロティシズムを感じなかった。それはむしろコケットリーな仕草である。最終場はまったく認めない。暗黒のエロティシズムを演出したかったようであるが、エロティックではなかったし(胸元は汗で輝いていたが)、どこに行きたいのか、まるでわからなかった。ここは不満が残った。黒衣の聖母なり、彷徨える娼婦なり、はっきりしたイメージが必要だったのではないか。ラテン系の志向性とシャンソン系の志向性は彼女の中の欲望とロマンティシズムの同居であるようにも感じた。『初恋~最終章ちっく~』は、父性愛との訣別を意味したようだ。だがしかし「ちっく」とことわりを入れているところが彼女のひとつの仕草なのであろう。

※断っておくが、これは「舞台評」ではない。感想をメモとして書いている(以下も同様)

=「エロ子供賞」受賞

14日(日) 根耒裕子『うつし身』
根耒さんは恥ずかしながら初見である。古川あんずさんのところにいらっしゃった方だからそのキャリアは長い。18年ほど踊られているようだ。しかし今回初めて完全なソロ公演をやられたという。彼女は達者なのである。実人生の細やかな水路を丁寧に身体化している。そのような誠実さが彼女の佇まいの中に見える。舞踏のテクニックは持っているけれど、大方の意見の通り、顔が邪魔をしている。歓びや哀しみは身体をして語らせよ。それが無言劇としての舞踏の表現である。彼女の顔は、語りえない言葉や内奥の感情を演劇的な仮面としてかぶっているに過ぎない。それは彼女の想像力の奥行きの中で行われていることだから、身体から生まれてくる顔の表情にはついぞ出会えなかった。唯一、最後の暗転の数十秒、ここに彼女の安らぎの顔があり、素の表情が一瞬だけ覗いた。私はここで不覚にも涙したが、彼女の感情に嘘偽りがないことを感じていただけに、あの作られた仮面はいただけない。そのことを彼女はとことん知ったはずだ。踊りとは、ただ内奥のエネルギーに身を委ねればいいだけのことなのである。そこに技能を積んでいけば柔らかな表情が出てくる。虚実皮膜のあわいを踊ることこそが舞踏の醍醐味であり、軽さと重さ、この両方を使い切れないと、舞台に陰影は現れてこない。私は彼女と亀裂の話をした。女性的な感性は持っているのだが、開いている水路が狭すぎるので、カタルシスがないのである。小さな水路から奔流となって迸るものがなければ感動には至らない。自分を投げ出す瞬間がなければ、舞踏の亀裂は生まれ得ない。そのような身体の出し入れができるようでなければ、ブツとしての身体を扱い得ない。舞踏における第三の眼とは、宙空にもうひとつの眼を置き、器としての身体を充たしていくことの技術である。身体に見えない水を入れていき、一瞬に溢れさせる技術(エロティシズム)がなければ観客は堪能しないのである。

=「怨念踊り賞」受賞


一気に書いたので、言葉が厳密でないところがあるかも知れない。許されたし。
(これは批評ではない!)
http://nancle.exblog.jp/

なお、「舞踏新人シリーズ」の第一夜、譱戝(ぜんざい)大輔『メタンボカン』、第二夜、牧野弘『フォルム』は見逃しています。 これまたご寛恕。
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# by planet-knsd | 2007-10-15 06:44 | その他

ゼロ次元『タントラ儀式物語』『ゼロ次元儀式映画』を観て

ゼロ次元復活の噂はさまざまなところで聞いていた。加藤好弘をオルガナイザーとする前衛芸術集団ゼロ次元は、戦後身体表現史において無視しえない存在だ。私は60年代のゼロ次元を同時代的に知らない。金井勝監督『無人列島』(1969年)や松本俊夫監督『薔薇の葬列』(1969年、ピーター主演)でその存在を映像として観ているが、それは後年のことであり、ゼロ次元を生で体感しているわけではない。だから私にとってはゼロ次元は謎の集団であり、その存在を的確に評することはできない。

10月11日、友人から情報を得て、アップリンクでゼロ次元の映画『タントラ儀式物語』(2007年)、『ゼロ次元儀式映画』(1972年)を観、加藤好弘さんの話を聞くことができた。まずゼロ次元とは何かといえば、「人間の行為を無為(ゼロ)に導く」ことを標榜し、「儀式」と称する全裸パフォーマンスを各地で繰り広げたことで知られる。1970年の大阪万博の際には「万博破壊共闘派」を結成し、高度消費社会(人類の進歩と調和)に絡めとられていく芸術に対し、「反万博」の旗を鮮明に掲げた。加藤は、「近代に対する革命」、あるいは西洋人化する日本人への抵抗として、全裸となることで地下活動を行い、事実として主要メンバーが当時「猥褻物公然陳列罪」で逮捕されている。加藤は「文化テロリスト」と自らを呼び、今も「裸になって近代と戦え!」とアジテーションを続けている(現在、71歳)。

映画は、『タントラ儀式物語』、『ゼロ次元儀式映画』の順番で上映されたが、60年代~70年代のゼロ次元の活動を記録した後者の方から先に触れよう。この映画は、「仮面首吊り儀式」「超音波作戦」「防毒面全裸歩行儀式」「反万博狂気見本市」「いなばの白うさぎ」など、ゼロ次元のハプニングの映像を二面マルチ画像で見せ、これが永遠と続いていく(秋山祐徳太子、金坂健二らが出演)。裸体の男女が数珠つなぎとなり、片足を交互に上げながら進行していくアクションが印象深いが、私はこれを裸祭りのように見た。あるいは、裸形のジグザグデモのようにも見た。全裸という表現が今よりも衝撃的な効果をもっていたことは注意すべきである。ゼロ次元はこれを60年代末の政治闘争の渦中に、いわば裸の爆弾として都市の只中に炸裂させたのだ。

ゼロ次元は、60年代末のベトナム反戦を軸とする世界的な反帝国主義・反植民地主義闘争のなかに生まれた芸術運動といえる。それは「反近代」の裸体主義であり、加藤に内在するヒッピーイズムやドラッグカルチャー、インド・タントラ密教への接近から導き出された「反西洋」の《アジアンタリズム》がある。

加藤は、平沢剛(映画批評家)との対談でこのように発言している。
「オリエンタリズムとは西洋から見た物珍しさを指すわけですが、僕が《アジアンタリズム》と言うときには、ベトコンのイメージがあります。彼らのように次々と近代を崩すようなアーティストの出現をめざしているし、穴掘ったりしてアングラとも繋がりますから(笑)」(「裸になって近代と戦え!」)

加藤ははっきりと地上権力に対する地下活動として「アングラ」を語っており、それはゼロ次元の復活が、反グローバリズムに対する身体の抵抗であることを示唆してもいる。「反近代」の裸体主義とは、資本の論理に肉体(個人)を従属させていく高度資本主義社会に対する肉体の叛乱として裸体を武器とすることであろうが、裸になればいいという単純なものではなく、加藤のなかでは原始的な肉体讃歌の思想があるように思う。呪術的な色彩を帯びた「儀式」としてゼロ次元のパフォーマンスはあり、そこには加藤のインド体験や幻覚体験によって培われたタントラ密教への共感があるようだ。それが色濃く出ているのが『タントラ儀式物語』という映画である。

80年代に行われたというこのライブ・パフォーマンスの映像は、ロックバンドの演奏をバックに、半裸の男女が股間を摺り合わせたりする、集団的で性的な秘儀が繰り広げられる怪しげなものだが、カオティックな身体接触が執拗に描かれながらそこにチベット密教の性的な合一の絵がモンタージュのように重なっていく。加藤は「女性器崇拝」を公然と言い、タントラ密教と農耕シャーマニズムを結びつけようとしているようだ。

「タントラとは、人間と自然との『女性器の構造』の秘密を開く呪術であった。逆三角形、マンダラに描かれた七ツの蓮華、チャクラの花弁……などはことごとく女性器の象徴図形である。農耕シャーマニズム(呪術)とは、女と同一視された、「大地自然の原理」を、人間の身体のなかに覚醒させるための、女に溶解する、女になるための死にもの狂いの行為であった。だから、己を無にして、自己を空にせよ、といいつづけて、身体を「水田」に死にもの狂いで溶解していった「百姓のシャーマニズム」の思想はタントラを故郷としていたのである。」(加藤好弘「心的子宮・タントラ論」)

このように加藤は、日本人の身体の故郷をアジア的多神教の文化に求め、身体の覚醒装置として、裸形のアクションをオーガナイズしようとする。ゼロ次元のパフォーマンスは、日本古来の裸祭りに通じているようにも思え、またインドの多神教世界に想を得た呪術的で性的な儀式をパフォーマンス化している。

会場では上映後、復活したゼロ次元のパフォーマーが登場し、男は半裸で床に並び、その上を防毒マスクを付けた水着姿の女が「いなばの白うさぎ」のように歩くというパフォーマンスが行われた。

私はこれをもってゼロ次元を体感したとは思えない。映像のなかの、砂浜で裸の男女が戯れるシーンや、風景を切り裂くように裸の男女が旗を持って進むシーンには官能を覚えたが、パフォーマンスの現場としてさかしまの風景となった裸体の強度を見たわけではない。ゼロ次元には関心を寄せつつ、21世紀の身体の冒険がどのように可能か、考えていきたい。

なお、ゼロ次元の『タントラ儀式物語』『ゼロ次元儀式映画』の上映は、アップリンクの「性と文化の革命展」(10月6日~21日)の一環として行われた。
http://www.sig-inc.co.jp/rsrff/


加藤好弘氏略歴
1936.12.5  名古屋市生まれ
1959     多摩美術大学美術学部絵画科卒業
1963.1    ゼロ次元 (以下省略)「狂気ナンセンス展」はいつくばり儀式(愛知県文化会館美術館)
1963.3    「乳頭布団寝体式」読売アンデパンダン
1964.7   「これがゼロ次元だ」(内科画廊)
1964.9   「日本超芸術見本市」(平和公園)九州派、ダダカン、アンドロメダ他参加
1965.8   「見世物小屋ベトコン儀式」アンデパンダン・アート・フェスティバル(岐阜・長良川一帯他)
1965.10   「山手線女体包装運送式」
1966.3   「尻蔵並列式」(モダンアートセンター・池袋)
1967.3   「仮面首吊り儀式」(都内車両、目黒-新橋)
1967.5   「奇脳舌(きのした)サーカス見世物小屋大会」(代々木メーデー広場)
1967.8   「超音波作戦」(渋谷超音波温泉)
1967.10   「花電車防毒作戦」(浅草キャバレー花電車)
1967.12   「防毒面全裸歩行儀式」(新宿東口)
1968.3   「狂気見本市」(上野・本牧亭)
1968.7    映画「にっぽん’69 セックス猟奇地帯」出演 監督:中島貞夫
1968.8    映画「シベール」出演  監督:ドナルド・リチー
1969.2    映画「無人列島」出演  監督:金井 勝
1969.3    映画「薔薇の葬列」出演  監督:松本俊夫
1969.3   「万博破壊 狂気見本市」(京都・男爵)
1969.4    万博破壊共闘派の活動に入る。
1970-1972  映画「いなばの白うさぎ」加藤氏自ら監督となる。         

その後インド、ネパールへ活動の場を移す。

1977    「夢タントラ研究所」設立
        夢四門構図の発見
1980.2    「タントラ構造論ー身体の宇宙図」を美術手帖に掲載
1980.11   「夢の神秘とタントラの謎」日本文芸社

1990.10   ニューヨークへ移住    
         襖絵による夢物語「ペニスをつけた女達」シリーズに着手。
        その後8年間取り掛かる。

1998.10   日本に帰国        
        「ブルックリン夢解読日記」執筆中
2001.6     個展「立体夢タントラ装置マンダラ(襖絵マンダラ)」展(ミヅマアートギャラリー)
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# by planet-knsd | 2007-10-15 00:08 | ゼロ次元

パレスチナ・キャラバンパレスチナ・キャラバン公演『アザリアのピノッキオ』を観て

パレスチナ・キャラバン公式サイト
http://palestinecaravan.org/

パレスチナ・キャラバン公演
『アザリアのピノッキオ 7つの断章による狂騒曲』
http://palestinecaravan.org/

2007年9月27日~10月21日 全日程・毎夕19:00~(雨天決行)
◆東京公演 井の頭公園・特設テント劇場(井の頭公園野外演劇フェスタ2007)
9月27日(木)~30日(日)、10月4日(木)~7日(日)
◆名古屋公演 白川公園・特設テント劇場
10月12日(金)~14日(日)
◆京都公演 京大西部講堂前広場・特設テント劇場
10月19日(金)~21日(日)

(以下の文章はネタバレの部分がありますので、これからご覧になる方は、観劇後、ご拝読ください。)

10月7日、井の頭公演・特設テント劇場にて『アザリアのピノッキオ』を観る。

「パレスチナ・キャラバン」、劇作家・演出家の翠羅臼(元・曲馬館)の提案で始まったと聞く。今年は「第二次インティファーダ7周年」にあたり、そのような契機もあったのかもしれない。『アゼリアのピノッキオ』は、パレスチナ演劇人との共同作品として企画され、主演の大久保鷹は「状況劇場」以来のパレスチナ演劇人との共演となった。制作は長井公彦が担当した。

舞台は、大久保が演ずる「義足の団長」が飲んだくれているところから始まる。そこに現れるのは、「傀儡女・サラ」を演じる黒谷都である。「傀儡女」は義足の団長はボトルの中に船を浮かべ、幻想の旅立ちを夢想する。傀儡女・サラは、団長が行方不明となった後を追いかけ、ようやく団長を発見した。サラは、団長に真実の旅をすることを呼びかけ、一座はふたたび旅をする。脇を固めるのは「猫の道化」西村仁と「狐の道化」伊牟田耕児である。それに、「ランプの芯」と名づけられたロバがお供をする。

舞台は展開し、「砂漠の吟遊詩人」ニダール・カディフと「少年」アズッディーン・アフマドの場面となる。階段に座った二人は、ピノッキオの物語を始め、その隣で、ナビール・ラーイーがウードを爪弾く。この場面は美しく、記憶に残った。そこに「義足の団長」一行が通りかかり、日本人とパレスチナ人の出会いがある。遠くから「人形遣いアサーフ」ニダール・ムハルフェスが硝煙の臭いをさせて帰ってくる。ここから物語は徐々に多層的な構造を取り始める。そもそも「義足の団長」一座は、ピノッキオの絵本から飛び出て、行方不明となったピノッキオを探す旅に出ている。絵本の途中が破られ、物語が断絶しているからだ。いつしか少年はピノッキオと二重写しとなり、一座に同行する。切り取られた物語はどこへ行くのか。

頭上では爆撃音が引きもきらない。吟遊詩人ニダール・カディフの言葉を聞いていると、この場所が何処であるのか、薄命へと風景が溶け出すようだ。此処はパレスチナなのか、それとも百年後のパレスチナなのか、あるいは神話的世界なのか。背後には黒焦げになったオリーブの木が立っている。影は張り付いて、一座に暗い影を落としていく。影の役割を「砂の舞踏手」小倉良博と「樹の舞踏手」安田理英が果たす。影は時間を紡ぎだし、時間を永遠へと引っ張っていくようだ。

二人の道化が眠っていると、「流浪の歌姫・ナナ」が道化たちの耳を引っ張って起こす。道化たちはお互いが耳を引っ張っていると勘違いし、トイレのスリッパでお互いを叩き始める。しかしナナが「宿命の歌」を歌うと、舞台はいっそうの影を増す。水晶占い師であるナナはそれぞれの夢に入っていき、行動までもコントロールする。ナナにそそのかされた二人の道化は少年のために大きな絵本の扉を用意し、そこに入ることを強要する。遠くで傀儡女・サラが入ってはいけないと呼びかけるが、少年はついに死の扉を開けてしまう。舞台は一瞬、凍りついたように、死神が降りてくる。最暗黒の風景が広がっていく。

少年は死んだ。人形遣いアサーフは少年の亡骸を抱いて、少年がタンクに轢かれたことを説明する。神話的世界にリアリティの影が重なっていく。パレスチナにおいて、少年はいつ死んでもおかしくない存在だからだ。私はこの瞬間、涙を禁じえなかった。まさか少年が死ぬとは思っていなかったので、翠の戯曲はここまでの絶望を見せるのかと瞠目した。演劇は静かに地の底を這っていく。ダンテの神曲のように。

芝居は大団円へと進んでいき、ふたたび冒頭の場面へと戻る。義足の団長は酒を呷り、そのそばには傀儡女・サラがいる。サラの手元には黒焦げになったピノッキオの人形が抱かれている。人形は死に、人々は生き残った。すべての旅は蜃気楼だったのか。二人は抱き合うようにダンスを踊り、七つの狂詩曲はフィナーレを迎える。最後に出演者全員が足踏みをし、躍りながら舞台に勢ぞろいする。会場は割れんばかりの拍手の嵐となり、この祝祭空間を共有する。舞台は静かに二つに割れ、正面に井の頭公園の森が広がっていく。ふたたびの旅がそこから始まる。大八車が押され、その脇にはロバもいる。東京公演はフィナーレを迎え、一座は名古屋、京都へ旅立って行った。


追記
このようなパレスチナ演劇人との交流が成り立ったことは意義深いことだと思います。翠さんの戯曲は、<転生>がテーマでしたが、ある種の地獄めぐりのようなところもあります。そのような奥行きの中で、パレスチナへの思いがほとばしった作品だったと思います。

救いは黒谷都さんでした。人形との親和力はさすがと思いましたし、初めて出したという声の質の的確さには驚かされました。それは彼女の感情の希求の確かさだったと思います。偽りのない感情がそこにありました。大久保鷹さんの膨らみのある大きな演技も堪能いたしました。何より少年役が良かったです。彼の明るさもまた救いであったように思います。

皆様の思いの強さに心から敬意を表したいと思います。
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# by planet-knsd | 2007-10-14 23:59 | パレスチナ・キャラバン

テルプシコール企画「舞踏新人シリーズ第34弾」

テルプシコール企画「舞踏新人シリーズ第34弾」

●会期:2007年5月10日(木)~13日(日)
●日時:5月10日(木)~12日(土)pm7:00開演・13日(日)のみpm5:00開演
●会場:テルプシコール Tel.03-3383-3719(JR.中野駅南口下車、高円寺方向徒歩7分)

<出演>
5月10日(木)…阿久津 智美『つなぎもの』
5月11日(金)…小川 水素『とける』
5月12日(土)…天都祝刀『戯式』
5月13日(日)…芽衣桃子『桃われ』


以下の文章は、最終日の夜に行われた講評の感想文です。


印象に残ったのは、合田成男氏が芽衣桃子の「はにかむように消えた」ことを評価した言葉だった。合田氏の芽衣さん評は極めて辛辣であったのだが、そのことだけは評価した。「最近、そういう踊り手が少なくなってきた。表現することは恥ずかしいことなんだ。そういう感情をカラダが持っていることは重要だ」というニュアンスのことを述べられたと思う。

私も同感だった。踊りは「出現と消滅の時間」そのものであり、消えることに大きな意味があると思う。それは死へ向かう刻であり、来るべき再生を予感させるものでなければならない。その「はかなさ」が舞踏の本質であるとさえ私は思うのである。はかなさのない踊りほどつまらないものはない。照明の中心に立って、舞踏は成り立たないと思う。陰をまとうことを知らない踊り手は、それだけで評価の対象外である。

私は、芽衣さんが異形の人形として現れ、はかなさにおいて消えたその道程を美しく思った。途中の涅槃を想わせる静けさのなかに身体を置いた瞬間を好ましく思った。『桃われ』というタイトルに寄せて、芽衣さんは「桃の木の礎になろうとした」と私に語ってくれた。「けっして、桃の実そのものになろうとしたわけではない」と。(芽衣さんはこの作品に対して、短い詩を書いているけれども、手元に資料がないので、これを明日、加筆したい。)

佐藤正敏氏は、「芽衣さんの踊りには隙がない」とその近寄り難さを否定的に述べたけれども、芽衣さんの志向性に優しさがないわけではない。佐藤氏は「桃の実の滴るような実感がない」という意味のことを述べていたが、確かに芽衣さんの身体は佐藤氏が期待するようなジュクジュクとした柔らかさに欠けているかも知れない。芽衣さんの筋肉の質については合田氏を含めさまざまな意見があったけれども(おおむね批判的な意味で)、私はそのフォルムの美しさを肯定的に捉える面もある。ただ、立ったときに光や風を感じることがなく、舞踏の空間としては広がりをもちえなかった。

それは師匠の大竹宥熈氏も指摘していたことで、私も壁に向かった場面で、向こう側に夜の海がひらけるか、風吹く暗い草原がざわめくなどすれば、まったく身体は変わっていたように思う。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

天都祝刀の『戯式』が意外と高い評価だったのには、正直驚かされた。新人シリーズの講評もずいぶんと優しくなったなあと感じた。神道の神主でもある天都の作品は、かなり演劇的でもあった。上手奥に設えられた神棚は、結界が敷かれ、聖なる空間を形作っていた。そこに異形の神官が三人(怪しげな仮面を被っていたり、包帯をグルグルに巻きサングラスをしていたりする)と、一人の巫女がいた。儀式の名称が告げられ、祝詞がそこで上げられる。それは神式の本格的なものであった。しかしいつしか猥雑な言葉を孕みつつ、「暗黒神楽を奉納する」ことが宣せられる。このような仕掛けは、私は嫌いではない。

しかし、天都の舞踏はいささか力のない、狂言回しのようなものであった。一応の形、振付はそこにある。必死の形相でのダイブは確かにあるので、その生真面目さは「買い」であるのだが、けっして踊りがおもしろいとか、堪能しうるとか、引き込まれるとかのことはいっさいなかった。「馬鹿ばかしさ」が評価されたのだが、それだったら「戯式」とかもったいぶらずに、始めからギャグとかコントとかいってほしかった。それは冗談としても、天都祝刀という仰々しい名前と冒頭の神式の儀礼によって、むしろ私はファナティックなものを期待したのである。それはとんだ肩透かしであった。神領國資の亡霊は現れなかった。

ただ、ソロ舞踏に玩具のピストルがパンパン撃たれたり(ここでチンドン屋の音楽がかかったのは良かった)、ピストルを撃った神官が背後で巫女の太腿をまさぐるなどの猥雑なシーンは好きである。ビタワンのドッグフードの袋をかぶって血だらけの傘を持って出て来るなど、イメージとしては評価したい面もある。ただ出て来るカラダがあのプヨプヨの「外郎(ウイロウ)のような身体」ではなんとも興醒めしてしまうのである。私は男性舞踏手には「怖い身体」を期待してしまうので、あのような猥雑そのもののカラダには引いてしまうところがある。

ともあれ、生真面目でいい青年なのである。「日芸魂」という評価も聞かれたが、確かに馬鹿ばかしいほどのヘナチョコぶりはあえて評価してもいいのかも知れない。しかし合田成男氏が言うように、「二つの生半可さがある。神道に対する生半可さと舞踏に対する生半可さだ」という冷静な評にはうなづくものがあった。合田氏は神道の儀式において立ち現れる身体の所作を内在化させ、そこからカラダの内に己の神道を打ち立てよと言ったがその通りであると思った。その回路において、天都祝刀はどれだけ真摯であったろうかと私はいぶかしむ。

その作品がフェイクにしか見えないというのは、やはり致命的な欠陥ではないか。神道のフェイクとしての舞踏ではなく、神道の裏側に入っていく舞踏こそを見てみたい。それが真の意味での「暗黒神楽」ではなかろうか。本人の生真面目さだけで作品を評価したくはない。彼のカラダを突き動かしているもの(=身体の回路)は、まったく見えなかったのだから。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

小川水素さんは、見せ方を知っている人だなという印象をもった。すべては確信犯的で、入り方は大胆である。舞台慣れしているなという感じがあった。

着物にステンレス製の物干し竿というのも、ブツの強さを日本舞踊の所作に持ち込もうとした実験だったと思う。あそこは「藤娘」の引用だと水素さんは打ち明けてくれた。そのように彼女の踊りはアイディア満載なのである。

志賀信夫氏が指摘したように、水素さんはいくつかの名場面を作り出した。冒頭の電球の明かりに足袋の足が浮き上がる場面、帯の上を右手の拳で繰り返し繰り返し叩き続ける場面、着物を着せた人体の脇で棒を持って大きく口を開ける場面、棒を背中に立て掛けて座って蝶のように舞う場面など、絵作りという点では彼女はしたたかな演出家である。特に、肚を叩き続ける場面はある感動をもって見たし、明らかにここで作品もカラダの質も変わったのだった。

しかし水素さんのような明晰なタイプは新人シリーズではもっとも叩かれやすいことは経験上知っていたので、合田氏が口をきわめて批判したことは予想されたことでもあった。簡単にいえば、彼女の踊りには素朴さがないのではないか。カラダの真実が見えてこないといってもいい。それは『とける』というタイトルを付けながら、ついに溶けることのできなかったカラダが象徴している。評者全員が批判した着物を脱いでからのダンスは、私も批判するところで、「それまでを台なしにした」という言葉が出たほどこの最終場面はやはり完全な失敗ではなかったか。

しかし水素さんは、あれほどの集中砲火を浴びながら顔を下げることなくそれをすべて受け止め、最後まで明るく振る舞える強さをもった人だった。話していても気持ちのいい人で、彼女自身も現在の問題点をよく理解していると思われたのである。でも、水素さんのような踊り手が本当の意味で裸になっていくには相当な時間と経験が必要だと感じた。経験とはただの舞台数ではなく、身体の質を変える何か決定的な経験かも知れない。

考えてみると、舞踏神とは残酷な神で、どれほど身を削って捧げ物をしても万人に平等に微笑みかけることもなく、ましてや輝きのカラダなど通り過ぎる天使のようにはかなく、ただその一瞬の、いやもしかしたら繰り返し訪れるかもしれない法悦の時間を求めて、舞踏手はその身を鍛え上げていくのだろうと思う。


追記
初日の阿久津智美さんは見逃したので、ここでは言及しません。ご容赦。
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# by planet-knsd | 2007-05-18 04:42 | その他

VORTEX(旋風)

3日夜は、楽道庵へ「旋風(VORTEX)」を観に行く。

「旋風 VORTEX」
出演:長岡ゆり(舞踏家)、イシデタクヤ(舞踏家)、中谷達也(パーカッショニスト)、Ximena Garnica(ダンサー)、坂本直(サウンド・オーガナイザー)

長岡ゆり
舞台下手奥に、いきなりすっと身を横たえる。その入り方や良し。背中で地を這い、弓なりとなりながら、音もなくふわっと立つ。しかし、まだ身体は満ちてこない。それを待つように舞踏手は、丁寧に動きを織り込んでいく。やがて下手前の柱に絡みつき、舐めるように踊り、一瞬の間の後、後ろへ倒れこむ。その瞬間芸に息を飲んだ。そこから立ち上がって、小刻みに痙攣する<虫食い>の踊り。ここは最近の真骨頂として私が注目する踊りだ。虫はやがて全身を覆い、皮膚を食い破り、内臓までも侵す。顔は引き攣れながら全身が痙攣していく。やがて身体は虚ろとなって、虚空を泳ぐように余韻を踊る。上手奥の垂れ下がるチェーンの下で、見えない滴に全身を浸し、少しはにかむような表情で暗闇に消えた。亀裂は見え隠れするが、充分にダイブしていないという印象。潜っていく動きが不足。いつもながらのしなやかさで魅了するが、空間を鞭打つ強度が足らない。

イシデタクヤ
これほど足さばきの美しい人はいない。足裏、足先を眺めているだけで楽しい。数年ぶりに観たイシデは、深く重く潜行する動きを繰り返し見せ、冥府を彷徨う死霊のように闇に抗い続けていた。重心は低くなった印象。後ろ向きとなり水を浴びているのか何かを掬いあげようとしているのか激しい動作を繰り返して潜ろうとする。全身に水が溢れていき、それを放散するように右へ左へと激しく向きを変えて踊る。両腕を挙げて腹を晒し、生贄のように自らを差し出す壁際の姿は圧巻であった。

Ximena Garnica(ヒメナ・ガルニカ)
柱を背に裸身を晒して立つ。上手後方に白い衣裳が吊るされている。ゆっくりと後ずさりドアをノックする仕草。激しく旋回した後、右手を天に突き刺して、言葉を吐きながら揺らめくように踊る。ダンスと朗読が融合するこの手法は興味深く観た。指先で言霊を口から引き出すような動き。息を吐き、黒い聖母像のように崩折れていく。全身に弾条のような強度があり、力は怖ろしいまでに漲っていた。中谷達也のパーカッションとのコラボレーション。昨夜、もっとも衝撃を受けたパフォーマンス。


楽道庵は初めて行ったが、おもしろいスペース。ぎっしり満員であったため踊るスペースは限られていたが、力のあるダンサーが並び充実した一夜。「旋風(VORTEX)」というタイトルに制作者の意欲を感じる。 会場には、ミゼール花岡、鶴山欣也の顔も。観客の半分は外国人であったろうか。公演後、歓談の後、長岡ゆり(前妻、島本理生の母)とポレポレ東中野「朱霊たち」へ。大野慶人さんに挨拶。居酒屋で長岡と話す。妻(ナビィ)と阿佐ヶ谷で落ち合い、長岡を含め、三人で歩きながら語らう。妻と私はうねり亭で沖縄そば。2時半にタクシーで帰還。

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長岡ゆり 
1958年、東京生まれ。舞踏家、鍼灸師、Dance・ Medium主宰。幼少のころから父親の蔵書を読みあさる文学好きの子供であったが、舞台の非日常 空間に憧れて10才よりバレエ、12才より平岡志賀舞踊学園にてモダンバレエを学ぶ。舞踊はもとより演劇、マイム等の 舞台を見ているうち、10代後半に舞踏に出会い、その文学性と身体哲学に衝撃を受ける。以降20代後半より、集団に属する事なく小劇場を中心に独自のソロ活動を始め、東京を中心に欧米等での公演、ワークショップを続けている。 ポレポレ東中野で公開中の舞踏家・岩名雅記監督映画「朱霊たち」にネアン役で出演している。 最近、知覚を元にした繊細な動きを追求したいと思っている。

イシデタクヤ
東京出身。 25才で土方巽、石井満隆に師事。土方巽の遺作である東北歌舞伎計画(1985年)に参加。土方没後、勅使川原三郎のカンパニーによばれ、フランスで4作品に出演。1990年からはソロで日本、韓国、ヨーロッパの様々なスタイルのミュージシャンとの即興公演を続け今にいたる。2005年、イシデと長岡ゆりは、Shinichi Iova-Kogaと東京で「Innocent Weapons」を共作、共演する。

ヒメナ・ガルニカ
1981年、コロンビア、ボゴタ生まれ。ニューヨークで、アクトレス・ダンサー、振付師、シアター・ダイレクター、インスタレーション・アーティストとして活動。また、アート・インスタレーション、ダンス・シアター、インターメディア・コラボレーション、インプロウィゼーショナル・スタディを通してパフォーマンスの可能性を押し広げることを目的とするLEIMAYカンパニーのディレクターでもある。ガルニカにとってはソロとコラボレーションの双方が重要な意味を持つ。彼女の作品における美学や手法は日本の舞踏に強く影響を受けている。時に彼女の作品を特徴づけるのは、視覚、音、振り付け、演劇の要素の綿密な相互連結である。2005年、ガルニカはニューヨークの前衛新進ダイレクターとして、栄誉あるヴァン・リアー・フェロウシップの若手ヒスパニック系ダイレクターの賞を受ける。2003年、CAVE(ブルックリン、ニューヨークのグラスルーツ・アート中心のNPO)のダイレクターに就任。ニューヨーク舞踏フェスティバルのディレクター/キュレイターでもある。
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# by planet-knsd | 2007-02-05 08:27 | 長岡ゆり

映画『朱霊たち』路上パフォーマンス(20070114)

1月14日、映画『朱霊たち』公開直前路上パフォーマンス(新宿)より
出演:岩名雅記、澤宏、長岡ゆり、森下こうえん、成田護、小玉陽子

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昨日は、11時に新宿伊勢丹前に集合。映画『朱霊たち』の宣伝隊に加わる。監督の岩名雅記、出演者の澤宏、長岡ゆりの他、森下こうえん、成田護、小玉陽子が路上パフォーマンスを繰り広げた。スタッフはノボリやプラカードを掲げ、フライヤーを道行く人に撒いた。音楽は映画のサウンドトラックを使い、『海ゆかば』がかかった時は身が引き締まる思いがした。場所は三越前、警察の介入もなく、14時30分に新宿を撤収、部隊は下北沢へ向かった。私はここで切り上げたが、聞くところによれば、演劇の街・下北沢では、大勢の観客に取り囲まれたようだ。全体の心がひとつになる充実した宴であったと思う。

映画『朱霊たち』は、1月20日より東中野ポレポレ坐にてレイトショー公開。
『朱霊たち』公式サイト
http://www.shureitachi.com
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# by planet-knsd | 2007-01-15 01:16 | 岩名雅記

岩名雅記監督作品『朱霊たち』:「死は性愛の裏側で、聖なる世界へと通じている」

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下記の原稿は、身体表現批評誌「Corpus」創刊号に掲載されました。

「死は性愛の裏側で、
聖なる世界へと通じている」
――岩名雅記監督作品『朱霊たち』に寄せて



 舞踏家・岩名雅記が、映画に初挑戦した。長編舞踏劇映画『朱霊たち』(一〇四分、白黒スタンダード一六ミリ)である。

 この映画は岩名が製作・監督・脚本を務め、フランス、南ノルマンディーの彼の自邸、同ペルシュ地方自然公園内にあるクールボワイエ城館、そしてブルターニュのギャルド海岸などで撮影された。撮影監督は、フィリップ・ガレル作品の助手などを務めた女性カメラマン、パスカル・マランである。

 舞台は戦後七年目の東京に設定されながら、全編がフランスで撮影された。この映画のために、舞踏家の澤宏、長岡ゆり、若松萌野、七感弥広彰、舞台俳優の根岸良一、パフォーマーの首くくり栲象らが出演した。これにイタリア人の舞踏家バレンティナ・ミラグリア、フランス人舞踏家モハメッド・アロスイが加わっている。

 物語はいささか奇妙なものである。廃墟のような館に、数名の男女が幽閉されている。彼らは陽の光を浴びることができない難病に侵されており、自らの意志で死を待ち望んでいる。生まれながらに獣のような指を持ち、見世物小屋を転々としていたヒズメ(澤宏)、男と心中して生き残った娼婦ネアン(長岡ゆり)、それに聾唖者で不具者のマリア(バレンティナ・ミラグリア)である。もう一人、今朝ほど首を括って死んだ女カケラ(若松萌野)がいる。

 そこに特攻帰りの旧軍人ヒノマル(モハメッド・アロスイ)に誘われて迷い込む少年(滝原祐太)がいた。彼は、空から飛行機で撒かれた「人間機関車ザトペック来日」のビラを追って、ここまで辿り着いてしまったのだった。ヒノマルは病者たちの監視役ではあったが、戦争の虚しさに倦んじ果て、共に死ぬことを願望していた。

 つまり、この映画は、死へまっしぐらに向かう男女の密室劇である。その劇は、さながら世界を呪う秘儀として、すべてを暗黒点へと引きずり込んでいく。観客はそのエクスタシーの果てに陶然とするほかはない。

 病者たちの棲む館は麻布界隈にあり、壁に穿たれた洞穴が山谷へとつながっているとされる。それは地獄めぐりの迷路なのか、それとも幻世へとつづく階梯であろうか。

 ヒズメの手がマリアのヴァギナに侵入すると、恍惚の果てに聖なるヨダレが垂れていく。甘露なる滴に濡れて、肉体の大伽藍にシマノフスキー作曲の『スタバトマター』が響きわたるシーンは、まさに舞踏の生まれる瞬間ではないか。岩名はこのように言う。

 「性愛(エロティシズム)は、自己が制御しえない瞬間の死であり、舞踏は〈死を生きてみせる生命そのものの技術〉という点で双方が〈死〉に結びつくのです」

 死は、性愛の中心に潜んでいる。そして、性愛の果てに、鏡のように死者としてのドゥーブル(もう一人の自己)を映し出す。性愛は死を招き入れることによって、エクスタシーという合一を幻出させるのである。

 舞踏は性愛と似て、死をかき抱くように踊り、肉体という伽藍に死者を棲まわせようとする。舞踏は、死へまっしぐらに向かう生命の燃焼を劇場化するのだ。それは危険な賭けには違いないが、そのような危機の絶嶺においてのみ舞踏の華はひらくのである。

 岩名の言うように、舞踏が〈死を生きてみせる生命そのものの技術〉であれば、そこにはやがてカケラとして散る肉体の影――それは、未来の影だ――をも映すだろう。

 「無名にて死なば星らにまぎれんか 輝く空の生贄として」(寺山修司)

 映画の冒頭に掲げられる寺山の短歌である。それにしても、マリアはなぜ不具者なのだろうか。岩名はこのようにも言う。

 「マリアはほかの登城人物のパーソナリティと違って僕の概念の産物です。ヒトがモノになれば、ヒトが持っている不完全性を超えて完全なものになる。モノは不具であるがゆえに完全を獲得する資格があるということでしょうか」

 奪われたもの、もぎ取られたものに聖性が宿る。マリアは、世界に明け渡されたモノであるがゆえに、神なるものとして世界を合一する。「輝く空の生贄として」、マリアは病者たちの魂を拾い集めていく。

 縊死したカケラの死体を捜しに、ネアンと少年は洞窟をめぐり、幻のような黄泉の国――浜辺――へと至る。そこには、生命のカケラが鏡に反射しあい、星々のように煌めく幻想の風景が広がっている。

 白昼夢のように現れたマリアが、「ヒトがミズやヒカリやイロやオトのような〝モノ〟になれば、まず私たちのカラダが変わります。カラダがモノに変われば、歩けないことも話せないことも聴こえないこともなくなります」と話す。

 印象に残る美しいシーンだ。聞くところによれば、『朱霊たち』は、葛原妙子の歌集『朱霊』にタイトルの想を得ているという。

 「湖(うみ)の風つめたく吹きて球台に散らばる 赤き玉 白き玉」(葛原妙子『朱霊』) 
 「赤玉をうすきめがねに染めつつひとりの死者たまあそびする」(葛原妙子『朱霊』)

 このように、赤玉・白玉のような命のカケラは、死者と戯れながら、その霊を慰めることもできるのだろう。だから、『朱霊たち』は、けっして絶望の物語として編まれたわけではない。その逆説的な生命の燃焼を、熱き血潮の涙を、私たちは見通せなければならない。

 ところで、『朱霊たち』は、なぜ戦後七年目に舞台を設定したのだろう。焼け跡闇市の風景の中で、近しすぎる死の記憶がまざまざと生者を食み、生者は死者に寄り添って生きていくことが自然としてあった。そうであるがゆえに、戦後の青空は、生き残った者の肉体をあれほど輝かせたのである。死者が鏡となって生者に光を与えたのである――。

 舞踏劇映画『朱霊たち』は、戦後のこの剥き出しの生命の在り様をなぞろうとする。それは、岩名の身体の記憶がそうさせるのであろう。舞踏は死者と入れ替わる技術でもあり、死んでいった者たちのカケラが、この肉体をも貫いていることを舞踏はよく知っている。「呪って祈る」存在として、舞踏者は死者と共に在ろうとする。

 物語の終盤、ヒノマルが『海ゆかば』を歌うと、密室の劇はふたたび死の縁へと辿り着く。映画は、難病者五人が揃えばガス室で死ねる、という大団円を用意する。舞踏劇は死へ跳躍しながら、肉体を永遠の零地点へと封印するかのようだ。そこに、死と生を合わせ鏡のようにかき抱き、絶嶺の舞踏を踊る者たちがいる――。

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舞踏劇映画『朱霊たち』(Vermilion Souls)
2007年1月20日より、東中野ポレポレ坐にてレイトショー公開。
http://www.shureitachi.com
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# by planet-knsd | 2006-12-29 17:50 | 岩名雅記

Dance. Medium 『THE INVISIBLE FOREST-見えない森(リメイク版)』

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ここには、出現から消滅への時間が流れている。この現世に、『見えない森』が、幻の風景として注入される。浸み込んでいく幻影は、私たちの内奥で溶けていく――。

(此処は何処なのか。此処は其処へ行けないのか。其処は此処と交じり合えないのか。)

イリュージョンとしての森は、私たちのアナザーワールド(もうひとつの世界)であり、すでに壊されてしまった、失われた王国である。『見えない森』は、そうした遺伝子に眠る太古の記憶を呼び覚まそうとし、人間が地上を完全に支配する以前の、神話的世界を掘り起こそうとする。それは、人間が自然に怖れを抱き、世界が内的なヴィジョンとして語られていた時代でもあろう。自然は、現実的には人間の生活を脅かすがゆえに、内的なヴィジョンの中で調和的世界として秩序立てられていた。この作品は、人間と自然の調和的世界――『見えない森』を見ようとすることを問いかけている。

地霊ともいえる男(正朔)が、地響く音の中で揺らめいている。それは、古代の神のようであり、この地上の支配者であるかのようだ。男が眠りについたとき、一人の女(長岡ゆり)が中央に立つ。男神(暗闇)に対する女神(光)であろうか。女のゆっくりとした動作は、指先から森を生み落とすかのような呪術的な舞踏である。やがて辺りに精妙な森が幻出し、舞台は柔らかな光に包まれていく。曲は、ウィリアム・アッカーマンの『Froyd's Gohst』。

そこに白装束の亡霊たち(宇田川正治、小玉陽子、亀田欣昌)がゆっくりと侵入する。すでに彼らは死者であるが、その霊魂は精霊として森に棲みついている。森の女神(長岡)は精霊たちを操り、地霊の男(正朔)を地上の果てに連れて行って、埋葬する。

女神は第一の精霊(小玉)を動かし、両腕を突き出して山猫のようなダンスを踊る。やがて獣と化し、肉を食いちぎり、舐め合い、じゃれ合うようにして、太古の森に遊ぶ。二人が倒れこんでから、小さな第一の精霊は、眠っている第二の精霊(亀田)に近づき、その耳を噛む。

二つの精霊は、お互いの魂を交換し合い、絡み合う。眠りこけた小さな精霊を男が抱き、静かに横たえるシーンは、夢の中の恋を想わせる。

女神が赤い衣裳を着て立ち上がると、キム・デファンの『黒い雨』がかかる。風景は一変して古代アジアの森を出現させる(私はここで、アイヌの森、朝鮮の森を想った)。

女神は古代世界の女王へ変移し(たかのように見える)、第三の精霊(宇田川)を引き起こす。この端正なマスクの白い精霊は、女王に挑発され、蹂躙されながら、恐怖の時間を過ごす。

その屈従に耐えかねたかのように、男は赤い布を引きちぎり、赤い布のダンスを踊る。それは叛乱の踊りであり、恐怖を吹き払うための踊りである。ブライアン・ジョーンズがモロッコで採集した民族音楽『ジャジューカ』が激しくかかり、空間は攪拌されていく。地面を這う第二の精霊(亀田)がこれに絡み、二人は布を奪い合うように激しくもみ合う(エリオット・シャープ/Leap Year)。

喧騒に眠りを妨げられたのか、幾世紀もの眠りから覚めて、地霊の男がゆっくりと立ち上がる。伏魔殿のように背後に立ち、その前で女神と三人の精霊たちが狂おしく踊る。永遠の息を吐き、自らを呪縛する邪悪なる力を解き放つかのように。「見えない森」は、静かにこの世から消え去っていく。

暗転して、舞台はモヌケノカラ。

追記
これまでの男性舞踏が、ともすれば内的な狂気と倒錯を作品化したのに比べると、Dance. Mediumの『見えない森』はきわめて女性的な感性に溢れている。現世の背後にある魔術的神話世界にテーマを求めているので、(見えない)オルタナティブな調和的世界を作品化してもいる。それは、古代世界の風景にもつながろう。長岡ゆりは、その鍼灸師としての経験が関係するのであろうが、ここにセラピー的な舞踏を提示したともいえる。それが、舞踏の始原とまったき別の位相であったとしても、興味深い新しいチャレンジであるように思う。『見えない森』は、Dance. Mediumが舞踏集団として一つの到達点を見せた作品であったと思う。

特に触れておきたいが、Dance.Mediumの定期公演で誰よりも成長したのが小玉陽子だと思う。この演劇出身の舞踏手は、いまだソロを踊っていないというが、正朔が見出した才能だけあって、その勘の良さは抜群といえる。是非いつか、ソロを見てみたいと私は密かに願っている。

長岡ゆりは、来年ソロ作品を予定しているというので、これも期待して待ちたい。

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Dance. Medium 定期公演Vol.3
「THE INVISIBLE FOREST-見えない森(リメイク版)」
http://www.tinyalice.net/
 
☆出演=長岡ゆり 正朔 宇田川正治 小玉陽子 亀田欣昌
☆12/4(月)、12/5(火)

長岡ゆり/Dance. Medium
http://www.onore.info/dancemedium/(Dance. Medium)
http://diary.jp.aol.com/q3j4y5curtc4/(長岡ゆりブログ)

長岡ゆりインタビュー「妖精的デーモン的神話世界を作る ダンサーの個性を生かして」(Alice Intervie)
http://www.tinyalice.net/
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# by planet-knsd | 2006-12-11 06:37 | 長岡ゆり

大森政秀舞踏儀アンモナイトの爪・ⅩⅩⅣ『域-ZONE-2006・冬』

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客電が落ち、灯りが点くと、四人は絶妙なポジションをとっていた。そこから静けさが充ちていき、ほとりの風景が視えてくる。どこかの川辺なのであろうか。帽子を被り、タオルを首に下げた大森政秀が、静かに其処に立っている。鉱物少年のような佇まいで、遠い記憶の風景が少年を包み込んでいく。静かに歩き始めると、舞台は真空の世界へと変幻するかのようであった。大森の偏愛するタルコフスキーの風景が、そこで一瞬脳裏をよぎった。水は流れている、風景は死なない。アンモナイトの記憶の中で、舞踏手は真っ直ぐに消えていった。

他の三人の舞踏手の中、小野由紀子の身体に、宙に明け渡された震えを見、瞠目をした。滑稽な動きが連続して出てくるが、この人の身体はどこまでも自由で、嘘偽りがない。虚空の視えない踊り手など何の価値があるだろうか。小野は、まぎれもなく虚ろな笑いをこっそりと湛え、無邪気に、それでいて哀しみを漂わせ、美しく踊った。

終盤は大森の独壇場であった。私はこの人の踊りを数年ぶりに見たのだが、ケレンを持ち味とするこの人が、どこまでもニュートラルなポジションをキープしていた。その集中力、持続力に私は感嘆した。衣裳はいつもながらおかしみに溢れている。コートを裏返しに着、肩からは緑色のパンダの絵が描かれたミニポーチを下げている。胸元に洗濯バサミが一つ。そして髪には赤い髪留めがある。大森のこのフェティッシュなモノへの執着は、少女趣味的なおかしみがあり、私は大好きである。そこに描かれた風景が何であったかわからない。雑踏の音が軋みをともなって流れ、そしてローリング・ストーンズの「シーズ・ア・レインボー」で、大森の身体はフワッと軽みへと飛んだ。壁際への執着、繰り返される動作、大森は執拗に舞踏の導線を伸ばしていき、静かなる夢遊に踊った。この虚ろなる遊びにこそ、大森の真骨頂はある。

風景はやがて、彼方へと消えた。

「不思議な生き物として転がっていればいい」「なさけない体が流れ込んで来るわい」「お若いの、きみは自分を何者だと思っとるんか?」「いいの、いいの、いいの、心配いらないわ。大丈夫できるわよ」「勝手に汗をかくな」「世界の果てまで連れてって!……」「虹では遅すぎる、オーロラだ!!」(フライヤーより)


大森政秀舞踏儀アンモナイトの爪・ⅩⅩⅣ『域-ZONE-2006・冬』
構成・演出・出演:大森政秀
出演:大倉摩矢子 ワタル 小野由紀子
日時:11月25日(土)pm7:00開演・26日(日)pm6:00開演
会場:テルプシコール
予約・問合せ:03-3338-2728 天狼星堂企画室
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# by planet-knsd | 2006-11-26 09:28 | 大森政秀

祝・『朱霊たち』公開記念:長岡ゆりとDance Mediumに捧げる頌歌

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ex-wifeの長岡ゆりが舞踏家・岩名雅記監督の舞踏劇映画『朱霊たち』(新春公開)に出演するというので、ご祝儀として書いた文章である。

舞踏劇映画『朱霊たち』
http://www.shureitachi.com/body.html

『朱霊たち』予告編
http://www.youtube.com/watch?v=EPALw8978g4

岩名雅記
http://www.iwanabutoh.com/indexj.html

『朱霊たち』コミュ(mixi)
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1294500


長岡ゆり/Dance Medium
■インタビュー:「The Invisible Forest~見えない森(リメイク版)」(12月4日~5日) 「妖精的デーモン的神話世界を作る ダンサーの個性を生かして」
タイニィアリス「Alice Interview」参照
http://www.tinyalice.net/

http://www.onore.info/dancemedium/
http://diary.jp.aol.com/q3j4y5curtc4/
http://www.geocities.jp/ackid2006/higuma.html

■Dance・Medium 定期公演Vol.3
「THE INVISIBLE FOREST-見えない森(リメイク版)」
http://www.tinyalice.net/

☆12/4(月) 7:30
  12/5(火) 7:30
☆会場=タイニィアリス
☆料金 学生1800円  前売・予約2000円  当日2500円

☆出演=長岡ゆり 正朔 宇田川正治 小玉陽子 亀田欣昌

◎長岡ゆりと正朔(元・白桃房)、先鋭的な二人のダンサーが組んだダンスユニットの第三回定期公演。

☆問い合わせ ℡090-3904-1032(長岡)

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『長岡ゆりとDance Mediumに捧げる頌歌』

Ⅰ メタモルフォーズする身体

長岡ゆりが追求する舞踏は、器としての身体を道具としながら、個的な身体記憶を集合的無意識の海へ解き放っていく自己変容の技術である。長岡はそれを「伽藍としての身体」「虚空としての身体」、あるいは「メタモルフォーズする身体」と呼ぶ。その身体概念は、個に従属した身体ではなく、「medium(媒介、中心、霊媒)」としての身体、世界に開け放たれようとする身体である。それは、極小のミクロコスモスから極大のマクロコスモスへ貫流し、響き合う、波動する身体である。

身体記憶とは、身体化された記憶、あるいは身体によって呼び覚まされる記憶と考えてよい。舞踏・ダンスは、個的な身体記憶を表現の資源とするが、それが自意識によって制御されたままであれば個的な像をしか結びはしない。そのような媒介性・交流性のない舞踏・ダンスは、ただその人のみを空間に現出させるに過ぎず、空間そのものを変容させることもない。風景が見えない、想像力を喚起することもない。

長岡が主宰する「Dance Medium」は、個を超えていく舞踏を追求し、個的な身体記憶を資源としながらも、他者と響き合うラディカルでニュートラルな身体技法を徹底的に積み重ねていく。それは、身体訓練によってのみ可能な、プロフェッショナルな舞台表現のためのメソッドである。その舞踏は、記号化されたエキゾティックな舞踏スタイルとも異なり、舞踏手の個的な身体から出発する、普遍的な身体の冒険でもある。

従って、長岡ゆりの舞踏は、常にニュートラルな中心を捉えようとする。虚空の中心を探りあてた時、身体は急速に開いていき、世界と共鳴する磁場へ自己を置くことができる。それは静謐なゼロ地点だ。そこから長岡の身体は、変容の兆しを見せ始める。腕を静かに差し出すにせよ、頭を激しく振るにせよ、他者なるものを引き入れながら、自己を空間の中へ溶けこませていく。他者なるものとは、単に演じられる他者ではなく、自己を媒介として生み落とされる他者、影(ドゥーブル)としての他者だ。そこに、風景が出現する。身体が影をまとう瞬間である。

身体のオートマティスムは、やがて世界に折り畳まれた記憶の滝を見せながら、パノラマとしての身体を開示していく。それは、世界を映し込む窓でもあろう。観客は、舞踏手の身体を媒介としながら、自己の記憶をコネクトし、そこにもうひとつの世界を幻視することができる。それは、共鳴磁場としての舞踏空間をめざそうとする試みである。交流する磁場、響き合う空間の中で、舞踏手の身体は世界に明け渡され、エロティックな幻(イリュージョン)が透過していく。

Ⅱ サーカスとしての広場

長岡ゆりはソリストとして研鑽を重ねながら、2003年に「Dance Medium」というカンパニーを組織し、コレオグラファーとしての自己を探求している。Dance Mediumは、一つのコロシウムであり、一つのサーカスである。もっとも似つかわしいのは、闘牛場のイメージであろうか。円形劇場のような広場で、パフォーマーは自己を曝け出し、自己を生贄とする。現れては消える燭台の炎のように、舞踏手は身体の永久運動を繰り返していく。

観客が共鳴磁場に自己の記憶をコネクトしうるように、Dance Mediumの舞踏手は、自己の身体記憶を広場へコネクトする。それは、折り重なるイリュージョンであり、サーカスとしての多元的な舞踏空間である。亡霊のように通り過ぎる者がおり、記憶の糸を紡ぐ者がいる。暗闇に潜むヴォータンがおり、小動物のような道化がいる。それぞれはそれぞれへ変移し、双方向の交流の磁場を広場として出現させていく。Dance Mediumは、マジカルな舞踏集団であり、写し絵としての身体の劇場である。『桜の森の満開の下』(2003年)、『白痴群』(2005年)、『The invisible forest――見えない森』(2006年)、『A ZOCALO――広場にて』(2006年)の作品群によって、今もっとも新しい舞踏世界を切り拓きつつある。

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【資料:Dance Medium提供】

 空っぽになった体は表現の海を自由に泳ぐことができる。
そ して空っぽの身体に一つの意志を投入すると、それが波紋となって体から溢れ出す。
 言語になる以前の体の言葉が全身の扉から溢れ出て来る。

 Dance Medium は、2003年、それまで主にソロを中心に活動していた長岡ゆりによって東京で設立。表現者は、自分を表現するのではなく、自分を通して普遍的な存在エネルギーを表現するものであるという考えから、Dance Mediumという名前を採用し、それまでワークショップで育成して来た若手の魅力的なダンサー達と共に、グループ作品ならではのダイナミックで多面的な作品を創っていこうという意図の元に生まれた。

 また、現在日本、海外を問わず舞踏の本質が見失われ、形骸化し、コンテンポラリーダンスとさして変わらないものになりつつある傾向に危機意識を抱く。再び舞踏の持つ大きな可能性を蘇らせたいという願いが底にはある。その為に、舞踏グループ白桃房に8年在籍し、研鑽を積んできて国内外で大きな評価を得ている舞踏家の正朔を招いて、共同で活動している。彼の参加によって、新たな地平が開かれ、作品世界は緻密さを増し、説得力のあるものとなっている。

 我々は、現在日本でありがちな、狭い範囲の個人的な作品、あるいは抽象的すぎて一般の観客にはわかりづらい作品、またはテーマを動きによって説明しているような作品ではなく、観客がその場において無意識のレベルでリアルに身体感覚を共有できるような作品創りを目指している。

 作品のテーマは、ダンサー個人の内面性や、社会現象に対するリアクションというよりは、人間の普遍的問題点に触れた優れた文学作品より想を得る事が多い。文学作品のストーリーをそのままなぞるのではなく、意外性のあるユニークな発想で、いったん解体し、新たな解釈を加えて、再構成している。また、様々なバックグラウンドを持つそれぞれのダンサーの個性を生かしたキャスティング、振付けを心がけて、作品が最大限魅力的になるようにしている。

 そうした長岡の自由な発想による作品創りに加えて、正朔の緻密な空間把握及び知覚認識による基礎指導が、作品に厚みを加えている。

 東京において主に活動しているが、2003年には、パリ、Gdansk(Poland)においても公演し、絶賛される。そのような経験から、我々の新しい理念の元に創られたダンス世界が、日本のみならず、海外でも受け入れられるであろうとの確信を得た。

●これまでの主な作品
”桜の森の満開の下” 2003年初演 2004年、パリ、グダンスクにて再演。
”白痴群” 2005年初演
”The invisible forestー見えない森” 2006年初演 

 その他、夫々のメンバーによるソロ、他ジャンルアーティストとのコラボレーションなどを随時行っている。

●メンバー
長岡ゆり ダンサー 振付家
 東京生まれ。
 針灸師でありながら作家でもある父の書庫で読書に耽るかたわら、若い頃バレエをやっていた母の勧めで始めたバレエのレッスンに励む少女時代を過ごし、赤い靴を履いた少女として、一生を過ごすであろうと直感する。
 魂と体の関係、生と死、存在の哲学を思索する日々を過ごしているうち、十代後半に舞踏を見て、その文学性と身体哲学、体の圧倒的な存在感、美術や音楽の新しさに興味を持つ。
その後、自身のバレエ的身体と、舞踏の方法論の間で苦しむが、研鑽を続け、閉塞した日本のダンス界に新風を吹き込むべく作品を創作し、日本はもとよりアメリカ、ヨーロッパ等で作品を発表している。舞台に立っただけで空間が変化し、物語が見えて来るダンサーという評価を得ている。
 また、体と心に対する興味と、病んでいる人々への深い共感から、自らも鍼灸の勉強と研鑽を積み、プロの鍼灸師となり、多くの患者の治療にあたっている。
2007年公開予定の日仏合作劇映画”朱霊たち”にも準主役で出演しており、演技のジャンルでも新たな地平を見いだした。

正朔

宇田川正治

小玉陽子

亀田欣昌

●主な作品紹介
”桜の森の満開の下”
 戦後日本を代表する作家、坂口安吾の同名小説よりインスパイアーされて創作。日本ではこれを元に多くの演劇、映画等が創られているが、舞踏作品としては初めての試みである。

ダンサー:長岡ゆり 正朔 宇田川正治
上演時間:1時間10分

”白痴群”
 日本文学の中でも特殊な位置を持つ作家、車谷長吉(ちょうきつ)の作品より、インスパイアーされて創った作品。
基本的には読後ほとんどの読者が不快感を持ち、居所のない不安感を持つであろう。しかしそ こから人は、自身の内部の闇に入っていくことをいやがおうにも強いられることになる。
 人間の本質的に持つ不安感、嫌悪感、暴力性、悲哀、嫉妬、底意地の悪さ、等に焦点を当て、悪と闇の本質に迫る。そこを通ることでしか光に至れないのではないかという長岡の考えが反映された作品である。 

ダンサー:長岡ゆり 正朔 宇田川正治 小玉陽子
上演時間:1時間

”The invisible forest”――見えない森
 Dance.Mediumの身体思想が顕著に現れた作品である。コンテンポラリーダンス、舞踏、演劇等のスタイルを自由に縦横に織り交ぜ、ダンサー個人の持ち味を最大限に生かした表現になっているが、体を限界まで統御して扱う事を要請しているので、レベルの高い仕上がりになっている。
 作品は、カルロス・カスタネダの著作から長岡がインスパイアーされて創った。作品の物語は長岡の創作で、観客が幻想の森の中へ迷い込んで旅をし、ダンサーと共に生と死、光と闇、メタモルフォーゼする身体、恐れと歓喜、戦い、祭り等を体験することをテーマとしている。
 ダンサーは身体と精神を変容させることによって、空間の変容を観客と共に体験する。

ダンサー:長岡ゆり 正朔 宇田川正治 小玉陽子 亀田欣昌
上演時間:1時間15分

●Philosophy
☆舞踏について――何故舞踏を重要なメソッドとして採用するのか?
 我々は、舞踏の根本概念から離れないように稽古及び作品創りをしている。その根本概念の中で重要なことが二つある。皮膚感覚と、空間の知覚である。

 まず、私達が誰でも共有できる皮膚感覚(痛み、痒み、熱さ等)を具体的なイメージとして体に与えると、その知覚によって体の中に、自我意識によっては認識できないaccidentが起きる。そのaccidentを元に外部の世界が予期せずに次々に流入してくる。例えば、首筋に食いついた虫が一匹二匹と増え続け、気がついたら全身を喰い破っているようなものである。

そうして自己の崩壊、つまり自我意識の崩壊が始まることにより、自己の原始的な生命活動が再構築を始める。そしてその知覚の連続した瞬間を生きることが舞踏であると考える。

 また、周囲の空間を知覚することも重要な要素である。全方位の空間を知覚し、また、その空間に、動き(風、渦、上昇、下降等)また光等の要素を与えることによって、自分が動くのではなく、周囲の空間が動くから自分の体が動く、動かされるという体になってゆく。

 重要なことは、自分が動くのではなく、動かされるという感覚、意識である。動かされているのであるから、自分自身という限界がない。自我を強く持つ事がないから、どんな色にも染まる事ができる。例えば、風に揺れる植物の動きは自由でしなやかである。朝日を浴びて輝く花は色鮮やかである。自由に動く事が自由なのではなく、正確に空間を知覚し限定し続けることによって自由になれるというのは皮肉である。しかしながら、いったん自我意識を捨てて空間に奉仕することが、自由への近道であると考える。
 
☆即興について
 厳密な空間や知覚の限定に加えて、我々は、即興を重視する。長岡の作舞法の一つに、まずダンサーに言葉でイメージを与え、即興で踊ってもらい、そこから要素を抽出、編集するという方法がある。動きには、動き出す前の形にならない衝動、そしてモチベーション、その人個人の体の歴史がある。それらを瞬間的に捉え、動きとして表現することで、それは振付けられた動きよりもリアリティーを持つ事がある。その可能性にかけたいという思いがある。また、個々のダンサーの魅力を最大限に引き出すためにも、そして相互理解とコミュニケーションの為にも効果的である。

 長岡は、長年即興のダンサーとして他ジャンルのアーティストとコラボレーションを行って来た経験があり、実は即興の面白さと危険さを多く知っている。ただ単に好き勝手に踊ったものが観客を喜ばせるものではない。人々の共感を得るには、やはり自我意識を捨てて空間に奉仕するという精神がなくてはならない。そしてそこには、瞬間瞬間に振付けを行っているかのような集中力と、緻密な身体感覚、その瞬間にはそれが絶対的であろうと納得できるような動きが不可欠である。

 そのような即興の中の無意識レベルでの働きに焦点を合わせると、舞踏の方法論に抵触する部分を発見することができる。アプローチは異なっていても、基本的に到達したい所は同じであろうと思う。一つの山の山頂へたどり着く為に異なった道を通っていくようなものであろうと思う。

「Dance Medium」のワークショップでは、空っぽの身体になるための様々な方法を紹介する。

■歩行  線香の歩行、植物の歩行、
■虫食い 体中を這い回る虫の知覚を使った稽古
■光と闇
■くらげ 海に浮かび、常に形を変化させる体
■植物  一本の草から、森の樹になる
■牛  闘牛場の闘牛
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# by planet-knsd | 2006-11-18 07:44 | 長岡ゆり

小林嵯峨・成瀬信彦・宮下省死 『マ・グ・サ・レ』

『マ・グ・サ・レ』 舞台写真
http://homepage2.nifty.com/utyuza/page014.html

『マ・グ・サ・レ』  TRAILER
http://www.youtube.com/watch?v=6AO7BhKD5P0


9日、小林嵯峨、成瀬信彦、宮下省死の舞踏『マ・グ・サ・レ』を観た。音楽・石川雷太。会場・東京バビロン。久方ぶりに暗黒舞踏らしい舞踏を観て、感銘深い。ではその暗黒舞踏とはなんぞやと問われなければならないが、自分はそれを言葉にしうだろうか。奇形奇態なイメージ、禍々しさの炸裂。私は、禍々しくあることの愉悦を感じ、鑑賞後、快哉を叫びたかった。

時あたかも某国で核実験のあったその夜である。息苦しさがあった。しかし底の底へ降りていく暗黒舞踏の側に、むしろ世界を呪う力があった。呪い、笑い飛ばす力があった。ハリボテの国家間戦争よりも、必死の人間の闘いがあった。私はその暗闇に潜む炎をいとおしく思った。

会場内に入ると、吊るされている何者かがいる。蜘蛛の巣のように張り巡らされたビニール・チューブの上で、捕われの昆虫のような存在がわずかに身悶えしている。薄布でグルグル巻きにされた衣装で、顔は見えない。足首を見て、それが嵯峨さんだとわかった。足下には暗緑色の沼が口を開け、後方には蚊帳が吊るされている。暗闇は静かである。

得体の知れない生命体が産まれ落ちるようにチューブが切られ、円形に水を張った沼に足を浸していく。ゆっくりと消え去ると、奇形奇態な舞踏手二人(成瀬信彦・宮下省死)が登場。背中がくっついて、足が四本。一つの胴体に顔が二つ。腕は折り込まれて、ない。きらびやかな袴に突っ込まれた素足が揺れ、絡み合うように大地をつかんでいる。しかし独楽のように回り、押し合うばかりで、前には進めはしない。シーソーのようにギッコンバッタンと背中を合わせ戯れるが、この双生児の怪物のイメージが、この舞台の真骨頂ともなった。女は大縄でこの化け物を捕らえ、引きずっていく。

薄暗がりの蚊帳の中で嵯峨さんは、衣裳を着替え、仰向けになって両脚を上方に突き出している。蚊帳の中に揺れる白い脚。見世物小屋のように、楽屋内を蚊帳越しに見せる暗黒舞踏ならではの淫靡な仕掛けである。洗面器の水をぶちまけて、蛇体を蚊帳からすべり出し、暗闇でピチャピチャと音をさせながら踊る様は、垂涎の場面で怪しくも美しかった。

『マ・グ・サ・レ』は、泉鏡花の『高野聖』に想を得てもいるのだが、眺めているうちにここは生でも死でもない、生きながら生まれ出ることのかなわなかった、夢うつつのあわいのように思えてきた。生きものとして必死の抗いを見せながら、その姿かたちは怪異なものに変えられている。戻ってくることのない世界で、自己存在を祝福する花火が暗闇へ向かって幾度も打ち上げられていく。沼こそが相応しい、意識の底へ、我々もまた引きずり込まれていく。

汽車の汽笛が響いて、三人の舞踏手は、ときに嬌声を響かせて、絡みつき、沼に突き落としながら笑いさんざめく。小林嵯峨の舞踏は、天井からぶら下がる男を眺めやる仕草といい、洗いものをする仕草といい、日常の所作を織り交ぜながら、すっと歩いたかと思うと霊体へ変化(へんげ)するような移動があり、いつもながら味わい深い。ケレン味たっぷりの成瀬の変幻と、蛮刀のような輝きを見せた宮下の粘りを、また慈しんだ。

なぜかくも我々は『マ・グ・サ・レ』に暗黒舞踏を感じたのか。死の気配を濃厚に漂わせながら、一方で暗闇の花火のような祝祭性を感じたのである。身体、衣裳、美術、これらすべてが空間を変幻させる魔術的な装置であるとするならば、身体は何処に入っていくかが重要である。水の中に入らない者は、その水を体感し得ない。身体の底へ底へ降りていくとき、さかしまの笑いがこみあげてくるのである。

小林嵯峨+NOSURI http://www.weave-a-wave.com/saga/

成瀬信彦/舞踏歌 http://homepage2.nifty.com/utyuza/index.html

宮下省死インタビュー http://www.geocities.jp/azabubu/freepaper/miyashita.html

追記
私は数年ぶりに舞踏を見始めている。この舞踏の遺伝子が何処へ行くか、見極めてもみたい。テルプシコールの舞踏新人シリーズを、夕湖、田村のんのみ観た。いずれも、小林嵯峨さんのお弟子さんである。舞踏は、なぞるだけでは見えてこない。その身を浸したとき、からだは自ずと変わるはずである。その冒険の果てに美しい華も咲くのではないか。

書き忘れた、石川雷太の音楽はいつもながら素晴らしい。このカオティックな世界にこそ、揺らめく生命体もまた萌え踊るのである。拍手!
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# by planet-knsd | 2006-11-15 01:15 | 小林嵯峨