2007年 10月 15日 ( 2 )

舞踏新人シリーズ第35弾(第三夜・第四夜)を観て

生活と結びついていない身体表現など何の価値もないと思う。舞踊とは生きることそのものであり、自己の生死を切って捨てるほどの強度がそこになければならない。つまり、舞台表現とは、己の実人生を額縁=劇場に投影させることであると思う。それほどの生き死にが舞台表現の中に凝縮している。そのような潔さがない限り、身体表現とは言えない。生きることに存立していない身体など何の魅力もないからだ。それが血が通っているということでもある。だから私は純粋芸術だの唯美主義だのは認めない。美とは自己存在の結晶化のことである。

私は最近、身体表現の健やかさだけを観る。健やかさがあれば、身体表現は永続していく。また、そのような強度がなければ一回性で終わってしまう。永続性とは実人生の希求でもあるだろう。この一度切りの人生を、どれだけの健やかさにおいて生き切るかということに人生の発露がある。それだけのエネルギーがあれば本望ではないか。

私は、舞踏を身体の回路として見る。人それぞれに身体の回路があるのである。私は身体表現をジャンル化することにそれほどの意味を認めない。だがしかし、舞踏が他の身体表現と違うところは、身体を内観することである。それは自省ということにも通じる。身体の奥底に通じていない舞踏など舞踏とは言えない。それは、身体の静けさへと至る秘儀なのである。この生命存在の神秘へと至る魂の冒険なのである。

身体とはブツに過ぎない。それは器なのである。身体を動かしているエネルギーこそが踊りの本質であり、形は身体のクセにしか過ぎないとさえ考える。あるいは技巧の結果としての形がそこにあるだろう。野口整体で言うところの体壁であるとか、気性であるとか、性格であるとか、歪みであることが形を作るのである。身体の歪みこそがその人の回路であって、私が健やかさと言っているのは、エネルギーの誠実な水路のことでもある。真摯さがなければ舞台表現は成立し得ない。感動とは真裸の存在が見えたということである。お前自身になるということは、身体をブツとして最大限に活かしたということでもある。誰でも赤ん坊が光り輝いているのを感じる。そこに技能はないが、真裸の真実がある。技能とは何かと言えば、自己存在を貫く時間を空間化することである。そこに花としての時間がひらくのである。

さて、テルプシコールの舞踏新人シリーズに触れよう。

13日(土) 染川美帆『初恋~最終章ちっく~』
染川の身体はエロティックである。そこに彼女の持ち味がある。それは充分に誇っていい。それは彼女の回路であるからだ。しかし彼女はそのことに対するコンプレックスを持っているようだ。彼女はけっして技巧的に自己のエロティシズムを見せたわけではない。むしろそこには天然のエロさがあった。私が誇るべきと言いたいのは、この彼女の天然性である。私がもっとも印象的だったのは、黒いパンティを腿までずり下げて暗転した瞬間である。ここに最大の謎があった。私は彼女が欲望に通底したいというふしだらさがあると感じた。私は素直に聞いた。あれは何だったの? すると彼女はこう答えた。あれはね、子供の頃、パンティをずり下げて男の子の気を引こうとしたことがあったの。それをやっちゃった。どうしようかと迷ったんだけど、えいってやっちゃた。それだけのことです。ここに彼女の素直さがある。それは私にとって買いであった。染川美帆の魅力はこの天然のエロさである。エロという言葉が嫌いならば、生々しさの魅力と言ってもいい。私が印象に残ったのは、最初に激しくぶっ倒れて、ジタバタと身体を床に擦りつけ、身悶えした長い時間。それと、両手を上下にギッコンバッタンと動かして横歩きをした場面(ここにはひとつのファンタジーがあった)。それから壁際で右足を上げ、壁をこするように股間を開いた場面である。私はここにもっともエロティックな瞬間を観た。パンティをずり下げたところはまったくエロティシズムを感じなかった。それはむしろコケットリーな仕草である。最終場はまったく認めない。暗黒のエロティシズムを演出したかったようであるが、エロティックではなかったし(胸元は汗で輝いていたが)、どこに行きたいのか、まるでわからなかった。ここは不満が残った。黒衣の聖母なり、彷徨える娼婦なり、はっきりしたイメージが必要だったのではないか。ラテン系の志向性とシャンソン系の志向性は彼女の中の欲望とロマンティシズムの同居であるようにも感じた。『初恋~最終章ちっく~』は、父性愛との訣別を意味したようだ。だがしかし「ちっく」とことわりを入れているところが彼女のひとつの仕草なのであろう。

※断っておくが、これは「舞台評」ではない。感想をメモとして書いている(以下も同様)

=「エロ子供賞」受賞

14日(日) 根耒裕子『うつし身』
根耒さんは恥ずかしながら初見である。古川あんずさんのところにいらっしゃった方だからそのキャリアは長い。18年ほど踊られているようだ。しかし今回初めて完全なソロ公演をやられたという。彼女は達者なのである。実人生の細やかな水路を丁寧に身体化している。そのような誠実さが彼女の佇まいの中に見える。舞踏のテクニックは持っているけれど、大方の意見の通り、顔が邪魔をしている。歓びや哀しみは身体をして語らせよ。それが無言劇としての舞踏の表現である。彼女の顔は、語りえない言葉や内奥の感情を演劇的な仮面としてかぶっているに過ぎない。それは彼女の想像力の奥行きの中で行われていることだから、身体から生まれてくる顔の表情にはついぞ出会えなかった。唯一、最後の暗転の数十秒、ここに彼女の安らぎの顔があり、素の表情が一瞬だけ覗いた。私はここで不覚にも涙したが、彼女の感情に嘘偽りがないことを感じていただけに、あの作られた仮面はいただけない。そのことを彼女はとことん知ったはずだ。踊りとは、ただ内奥のエネルギーに身を委ねればいいだけのことなのである。そこに技能を積んでいけば柔らかな表情が出てくる。虚実皮膜のあわいを踊ることこそが舞踏の醍醐味であり、軽さと重さ、この両方を使い切れないと、舞台に陰影は現れてこない。私は彼女と亀裂の話をした。女性的な感性は持っているのだが、開いている水路が狭すぎるので、カタルシスがないのである。小さな水路から奔流となって迸るものがなければ感動には至らない。自分を投げ出す瞬間がなければ、舞踏の亀裂は生まれ得ない。そのような身体の出し入れができるようでなければ、ブツとしての身体を扱い得ない。舞踏における第三の眼とは、宙空にもうひとつの眼を置き、器としての身体を充たしていくことの技術である。身体に見えない水を入れていき、一瞬に溢れさせる技術(エロティシズム)がなければ観客は堪能しないのである。

=「怨念踊り賞」受賞


一気に書いたので、言葉が厳密でないところがあるかも知れない。許されたし。
(これは批評ではない!)
http://nancle.exblog.jp/

なお、「舞踏新人シリーズ」の第一夜、譱戝(ぜんざい)大輔『メタンボカン』、第二夜、牧野弘『フォルム』は見逃しています。 これまたご寛恕。
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by planet-knsd | 2007-10-15 06:44 | その他

ゼロ次元『タントラ儀式物語』『ゼロ次元儀式映画』を観て

ゼロ次元復活の噂はさまざまなところで聞いていた。加藤好弘をオルガナイザーとする前衛芸術集団ゼロ次元は、戦後身体表現史において無視しえない存在だ。私は60年代のゼロ次元を同時代的に知らない。金井勝監督『無人列島』(1969年)や松本俊夫監督『薔薇の葬列』(1969年、ピーター主演)でその存在を映像として観ているが、それは後年のことであり、ゼロ次元を生で体感しているわけではない。だから私にとってはゼロ次元は謎の集団であり、その存在を的確に評することはできない。

10月11日、友人から情報を得て、アップリンクでゼロ次元の映画『タントラ儀式物語』(2007年)、『ゼロ次元儀式映画』(1972年)を観、加藤好弘さんの話を聞くことができた。まずゼロ次元とは何かといえば、「人間の行為を無為(ゼロ)に導く」ことを標榜し、「儀式」と称する全裸パフォーマンスを各地で繰り広げたことで知られる。1970年の大阪万博の際には「万博破壊共闘派」を結成し、高度消費社会(人類の進歩と調和)に絡めとられていく芸術に対し、「反万博」の旗を鮮明に掲げた。加藤は、「近代に対する革命」、あるいは西洋人化する日本人への抵抗として、全裸となることで地下活動を行い、事実として主要メンバーが当時「猥褻物公然陳列罪」で逮捕されている。加藤は「文化テロリスト」と自らを呼び、今も「裸になって近代と戦え!」とアジテーションを続けている(現在、71歳)。

映画は、『タントラ儀式物語』、『ゼロ次元儀式映画』の順番で上映されたが、60年代~70年代のゼロ次元の活動を記録した後者の方から先に触れよう。この映画は、「仮面首吊り儀式」「超音波作戦」「防毒面全裸歩行儀式」「反万博狂気見本市」「いなばの白うさぎ」など、ゼロ次元のハプニングの映像を二面マルチ画像で見せ、これが永遠と続いていく(秋山祐徳太子、金坂健二らが出演)。裸体の男女が数珠つなぎとなり、片足を交互に上げながら進行していくアクションが印象深いが、私はこれを裸祭りのように見た。あるいは、裸形のジグザグデモのようにも見た。全裸という表現が今よりも衝撃的な効果をもっていたことは注意すべきである。ゼロ次元はこれを60年代末の政治闘争の渦中に、いわば裸の爆弾として都市の只中に炸裂させたのだ。

ゼロ次元は、60年代末のベトナム反戦を軸とする世界的な反帝国主義・反植民地主義闘争のなかに生まれた芸術運動といえる。それは「反近代」の裸体主義であり、加藤に内在するヒッピーイズムやドラッグカルチャー、インド・タントラ密教への接近から導き出された「反西洋」の《アジアンタリズム》がある。

加藤は、平沢剛(映画批評家)との対談でこのように発言している。
「オリエンタリズムとは西洋から見た物珍しさを指すわけですが、僕が《アジアンタリズム》と言うときには、ベトコンのイメージがあります。彼らのように次々と近代を崩すようなアーティストの出現をめざしているし、穴掘ったりしてアングラとも繋がりますから(笑)」(「裸になって近代と戦え!」)

加藤ははっきりと地上権力に対する地下活動として「アングラ」を語っており、それはゼロ次元の復活が、反グローバリズムに対する身体の抵抗であることを示唆してもいる。「反近代」の裸体主義とは、資本の論理に肉体(個人)を従属させていく高度資本主義社会に対する肉体の叛乱として裸体を武器とすることであろうが、裸になればいいという単純なものではなく、加藤のなかでは原始的な肉体讃歌の思想があるように思う。呪術的な色彩を帯びた「儀式」としてゼロ次元のパフォーマンスはあり、そこには加藤のインド体験や幻覚体験によって培われたタントラ密教への共感があるようだ。それが色濃く出ているのが『タントラ儀式物語』という映画である。

80年代に行われたというこのライブ・パフォーマンスの映像は、ロックバンドの演奏をバックに、半裸の男女が股間を摺り合わせたりする、集団的で性的な秘儀が繰り広げられる怪しげなものだが、カオティックな身体接触が執拗に描かれながらそこにチベット密教の性的な合一の絵がモンタージュのように重なっていく。加藤は「女性器崇拝」を公然と言い、タントラ密教と農耕シャーマニズムを結びつけようとしているようだ。

「タントラとは、人間と自然との『女性器の構造』の秘密を開く呪術であった。逆三角形、マンダラに描かれた七ツの蓮華、チャクラの花弁……などはことごとく女性器の象徴図形である。農耕シャーマニズム(呪術)とは、女と同一視された、「大地自然の原理」を、人間の身体のなかに覚醒させるための、女に溶解する、女になるための死にもの狂いの行為であった。だから、己を無にして、自己を空にせよ、といいつづけて、身体を「水田」に死にもの狂いで溶解していった「百姓のシャーマニズム」の思想はタントラを故郷としていたのである。」(加藤好弘「心的子宮・タントラ論」)

このように加藤は、日本人の身体の故郷をアジア的多神教の文化に求め、身体の覚醒装置として、裸形のアクションをオーガナイズしようとする。ゼロ次元のパフォーマンスは、日本古来の裸祭りに通じているようにも思え、またインドの多神教世界に想を得た呪術的で性的な儀式をパフォーマンス化している。

会場では上映後、復活したゼロ次元のパフォーマーが登場し、男は半裸で床に並び、その上を防毒マスクを付けた水着姿の女が「いなばの白うさぎ」のように歩くというパフォーマンスが行われた。

私はこれをもってゼロ次元を体感したとは思えない。映像のなかの、砂浜で裸の男女が戯れるシーンや、風景を切り裂くように裸の男女が旗を持って進むシーンには官能を覚えたが、パフォーマンスの現場としてさかしまの風景となった裸体の強度を見たわけではない。ゼロ次元には関心を寄せつつ、21世紀の身体の冒険がどのように可能か、考えていきたい。

なお、ゼロ次元の『タントラ儀式物語』『ゼロ次元儀式映画』の上映は、アップリンクの「性と文化の革命展」(10月6日~21日)の一環として行われた。
http://www.sig-inc.co.jp/rsrff/


加藤好弘氏略歴
1936.12.5  名古屋市生まれ
1959     多摩美術大学美術学部絵画科卒業
1963.1    ゼロ次元 (以下省略)「狂気ナンセンス展」はいつくばり儀式(愛知県文化会館美術館)
1963.3    「乳頭布団寝体式」読売アンデパンダン
1964.7   「これがゼロ次元だ」(内科画廊)
1964.9   「日本超芸術見本市」(平和公園)九州派、ダダカン、アンドロメダ他参加
1965.8   「見世物小屋ベトコン儀式」アンデパンダン・アート・フェスティバル(岐阜・長良川一帯他)
1965.10   「山手線女体包装運送式」
1966.3   「尻蔵並列式」(モダンアートセンター・池袋)
1967.3   「仮面首吊り儀式」(都内車両、目黒-新橋)
1967.5   「奇脳舌(きのした)サーカス見世物小屋大会」(代々木メーデー広場)
1967.8   「超音波作戦」(渋谷超音波温泉)
1967.10   「花電車防毒作戦」(浅草キャバレー花電車)
1967.12   「防毒面全裸歩行儀式」(新宿東口)
1968.3   「狂気見本市」(上野・本牧亭)
1968.7    映画「にっぽん’69 セックス猟奇地帯」出演 監督:中島貞夫
1968.8    映画「シベール」出演  監督:ドナルド・リチー
1969.2    映画「無人列島」出演  監督:金井 勝
1969.3    映画「薔薇の葬列」出演  監督:松本俊夫
1969.3   「万博破壊 狂気見本市」(京都・男爵)
1969.4    万博破壊共闘派の活動に入る。
1970-1972  映画「いなばの白うさぎ」加藤氏自ら監督となる。         

その後インド、ネパールへ活動の場を移す。

1977    「夢タントラ研究所」設立
        夢四門構図の発見
1980.2    「タントラ構造論ー身体の宇宙図」を美術手帖に掲載
1980.11   「夢の神秘とタントラの謎」日本文芸社

1990.10   ニューヨークへ移住    
         襖絵による夢物語「ペニスをつけた女達」シリーズに着手。
        その後8年間取り掛かる。

1998.10   日本に帰国        
        「ブルックリン夢解読日記」執筆中
2001.6     個展「立体夢タントラ装置マンダラ(襖絵マンダラ)」展(ミヅマアートギャラリー)
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by planet-knsd | 2007-10-15 00:08 | ゼロ次元