パレスチナ・キャラバンパレスチナ・キャラバン公演『アザリアのピノッキオ』を観て

パレスチナ・キャラバン公式サイト
http://palestinecaravan.org/

パレスチナ・キャラバン公演
『アザリアのピノッキオ 7つの断章による狂騒曲』
http://palestinecaravan.org/

2007年9月27日~10月21日 全日程・毎夕19:00~(雨天決行)
◆東京公演 井の頭公園・特設テント劇場(井の頭公園野外演劇フェスタ2007)
9月27日(木)~30日(日)、10月4日(木)~7日(日)
◆名古屋公演 白川公園・特設テント劇場
10月12日(金)~14日(日)
◆京都公演 京大西部講堂前広場・特設テント劇場
10月19日(金)~21日(日)

(以下の文章はネタバレの部分がありますので、これからご覧になる方は、観劇後、ご拝読ください。)

10月7日、井の頭公演・特設テント劇場にて『アザリアのピノッキオ』を観る。

「パレスチナ・キャラバン」、劇作家・演出家の翠羅臼(元・曲馬館)の提案で始まったと聞く。今年は「第二次インティファーダ7周年」にあたり、そのような契機もあったのかもしれない。『アゼリアのピノッキオ』は、パレスチナ演劇人との共同作品として企画され、主演の大久保鷹は「状況劇場」以来のパレスチナ演劇人との共演となった。制作は長井公彦が担当した。

舞台は、大久保が演ずる「義足の団長」が飲んだくれているところから始まる。そこに現れるのは、「傀儡女・サラ」を演じる黒谷都である。「傀儡女」は義足の団長はボトルの中に船を浮かべ、幻想の旅立ちを夢想する。傀儡女・サラは、団長が行方不明となった後を追いかけ、ようやく団長を発見した。サラは、団長に真実の旅をすることを呼びかけ、一座はふたたび旅をする。脇を固めるのは「猫の道化」西村仁と「狐の道化」伊牟田耕児である。それに、「ランプの芯」と名づけられたロバがお供をする。

舞台は展開し、「砂漠の吟遊詩人」ニダール・カディフと「少年」アズッディーン・アフマドの場面となる。階段に座った二人は、ピノッキオの物語を始め、その隣で、ナビール・ラーイーがウードを爪弾く。この場面は美しく、記憶に残った。そこに「義足の団長」一行が通りかかり、日本人とパレスチナ人の出会いがある。遠くから「人形遣いアサーフ」ニダール・ムハルフェスが硝煙の臭いをさせて帰ってくる。ここから物語は徐々に多層的な構造を取り始める。そもそも「義足の団長」一座は、ピノッキオの絵本から飛び出て、行方不明となったピノッキオを探す旅に出ている。絵本の途中が破られ、物語が断絶しているからだ。いつしか少年はピノッキオと二重写しとなり、一座に同行する。切り取られた物語はどこへ行くのか。

頭上では爆撃音が引きもきらない。吟遊詩人ニダール・カディフの言葉を聞いていると、この場所が何処であるのか、薄命へと風景が溶け出すようだ。此処はパレスチナなのか、それとも百年後のパレスチナなのか、あるいは神話的世界なのか。背後には黒焦げになったオリーブの木が立っている。影は張り付いて、一座に暗い影を落としていく。影の役割を「砂の舞踏手」小倉良博と「樹の舞踏手」安田理英が果たす。影は時間を紡ぎだし、時間を永遠へと引っ張っていくようだ。

二人の道化が眠っていると、「流浪の歌姫・ナナ」が道化たちの耳を引っ張って起こす。道化たちはお互いが耳を引っ張っていると勘違いし、トイレのスリッパでお互いを叩き始める。しかしナナが「宿命の歌」を歌うと、舞台はいっそうの影を増す。水晶占い師であるナナはそれぞれの夢に入っていき、行動までもコントロールする。ナナにそそのかされた二人の道化は少年のために大きな絵本の扉を用意し、そこに入ることを強要する。遠くで傀儡女・サラが入ってはいけないと呼びかけるが、少年はついに死の扉を開けてしまう。舞台は一瞬、凍りついたように、死神が降りてくる。最暗黒の風景が広がっていく。

少年は死んだ。人形遣いアサーフは少年の亡骸を抱いて、少年がタンクに轢かれたことを説明する。神話的世界にリアリティの影が重なっていく。パレスチナにおいて、少年はいつ死んでもおかしくない存在だからだ。私はこの瞬間、涙を禁じえなかった。まさか少年が死ぬとは思っていなかったので、翠の戯曲はここまでの絶望を見せるのかと瞠目した。演劇は静かに地の底を這っていく。ダンテの神曲のように。

芝居は大団円へと進んでいき、ふたたび冒頭の場面へと戻る。義足の団長は酒を呷り、そのそばには傀儡女・サラがいる。サラの手元には黒焦げになったピノッキオの人形が抱かれている。人形は死に、人々は生き残った。すべての旅は蜃気楼だったのか。二人は抱き合うようにダンスを踊り、七つの狂詩曲はフィナーレを迎える。最後に出演者全員が足踏みをし、躍りながら舞台に勢ぞろいする。会場は割れんばかりの拍手の嵐となり、この祝祭空間を共有する。舞台は静かに二つに割れ、正面に井の頭公園の森が広がっていく。ふたたびの旅がそこから始まる。大八車が押され、その脇にはロバもいる。東京公演はフィナーレを迎え、一座は名古屋、京都へ旅立って行った。


追記
このようなパレスチナ演劇人との交流が成り立ったことは意義深いことだと思います。翠さんの戯曲は、<転生>がテーマでしたが、ある種の地獄めぐりのようなところもあります。そのような奥行きの中で、パレスチナへの思いがほとばしった作品だったと思います。

救いは黒谷都さんでした。人形との親和力はさすがと思いましたし、初めて出したという声の質の的確さには驚かされました。それは彼女の感情の希求の確かさだったと思います。偽りのない感情がそこにありました。大久保鷹さんの膨らみのある大きな演技も堪能いたしました。何より少年役が良かったです。彼の明るさもまた救いであったように思います。

皆様の思いの強さに心から敬意を表したいと思います。
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by planet-knsd | 2007-10-14 23:59 | パレスチナ・キャラバン
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