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小林嵯峨・成瀬信彦・宮下省死 『マ・グ・サ・レ』

『マ・グ・サ・レ』 舞台写真
http://homepage2.nifty.com/utyuza/page014.html

『マ・グ・サ・レ』  TRAILER
http://www.youtube.com/watch?v=6AO7BhKD5P0


9日、小林嵯峨、成瀬信彦、宮下省死の舞踏『マ・グ・サ・レ』を観た。音楽・石川雷太。会場・東京バビロン。久方ぶりに暗黒舞踏らしい舞踏を観て、感銘深い。ではその暗黒舞踏とはなんぞやと問われなければならないが、自分はそれを言葉にしうだろうか。奇形奇態なイメージ、禍々しさの炸裂。私は、禍々しくあることの愉悦を感じ、鑑賞後、快哉を叫びたかった。

時あたかも某国で核実験のあったその夜である。息苦しさがあった。しかし底の底へ降りていく暗黒舞踏の側に、むしろ世界を呪う力があった。呪い、笑い飛ばす力があった。ハリボテの国家間戦争よりも、必死の人間の闘いがあった。私はその暗闇に潜む炎をいとおしく思った。

会場内に入ると、吊るされている何者かがいる。蜘蛛の巣のように張り巡らされたビニール・チューブの上で、捕われの昆虫のような存在がわずかに身悶えしている。薄布でグルグル巻きにされた衣装で、顔は見えない。足首を見て、それが嵯峨さんだとわかった。足下には暗緑色の沼が口を開け、後方には蚊帳が吊るされている。暗闇は静かである。

得体の知れない生命体が産まれ落ちるようにチューブが切られ、円形に水を張った沼に足を浸していく。ゆっくりと消え去ると、奇形奇態な舞踏手二人(成瀬信彦・宮下省死)が登場。背中がくっついて、足が四本。一つの胴体に顔が二つ。腕は折り込まれて、ない。きらびやかな袴に突っ込まれた素足が揺れ、絡み合うように大地をつかんでいる。しかし独楽のように回り、押し合うばかりで、前には進めはしない。シーソーのようにギッコンバッタンと背中を合わせ戯れるが、この双生児の怪物のイメージが、この舞台の真骨頂ともなった。女は大縄でこの化け物を捕らえ、引きずっていく。

薄暗がりの蚊帳の中で嵯峨さんは、衣裳を着替え、仰向けになって両脚を上方に突き出している。蚊帳の中に揺れる白い脚。見世物小屋のように、楽屋内を蚊帳越しに見せる暗黒舞踏ならではの淫靡な仕掛けである。洗面器の水をぶちまけて、蛇体を蚊帳からすべり出し、暗闇でピチャピチャと音をさせながら踊る様は、垂涎の場面で怪しくも美しかった。

『マ・グ・サ・レ』は、泉鏡花の『高野聖』に想を得てもいるのだが、眺めているうちにここは生でも死でもない、生きながら生まれ出ることのかなわなかった、夢うつつのあわいのように思えてきた。生きものとして必死の抗いを見せながら、その姿かたちは怪異なものに変えられている。戻ってくることのない世界で、自己存在を祝福する花火が暗闇へ向かって幾度も打ち上げられていく。沼こそが相応しい、意識の底へ、我々もまた引きずり込まれていく。

汽車の汽笛が響いて、三人の舞踏手は、ときに嬌声を響かせて、絡みつき、沼に突き落としながら笑いさんざめく。小林嵯峨の舞踏は、天井からぶら下がる男を眺めやる仕草といい、洗いものをする仕草といい、日常の所作を織り交ぜながら、すっと歩いたかと思うと霊体へ変化(へんげ)するような移動があり、いつもながら味わい深い。ケレン味たっぷりの成瀬の変幻と、蛮刀のような輝きを見せた宮下の粘りを、また慈しんだ。

なぜかくも我々は『マ・グ・サ・レ』に暗黒舞踏を感じたのか。死の気配を濃厚に漂わせながら、一方で暗闇の花火のような祝祭性を感じたのである。身体、衣裳、美術、これらすべてが空間を変幻させる魔術的な装置であるとするならば、身体は何処に入っていくかが重要である。水の中に入らない者は、その水を体感し得ない。身体の底へ底へ降りていくとき、さかしまの笑いがこみあげてくるのである。

小林嵯峨+NOSURI http://www.weave-a-wave.com/saga/

成瀬信彦/舞踏歌 http://homepage2.nifty.com/utyuza/index.html

宮下省死インタビュー http://www.geocities.jp/azabubu/freepaper/miyashita.html

追記
私は数年ぶりに舞踏を見始めている。この舞踏の遺伝子が何処へ行くか、見極めてもみたい。テルプシコールの舞踏新人シリーズを、夕湖、田村のんのみ観た。いずれも、小林嵯峨さんのお弟子さんである。舞踏は、なぞるだけでは見えてこない。その身を浸したとき、からだは自ずと変わるはずである。その冒険の果てに美しい華も咲くのではないか。

書き忘れた、石川雷太の音楽はいつもながら素晴らしい。このカオティックな世界にこそ、揺らめく生命体もまた萌え踊るのである。拍手!
by planet-knsd | 2006-11-15 01:15 | 小林嵯峨
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